ねずみ じょうど
「…アタシたちの祖はかなり力が強かったから、周りから妬まれやすかったんだ。後は多多邪の宮さまの素行の悪さ?」
草木も眠る丑三つ時…とはいかない豪雨の午前二時。いきなり降り出した雨から逃れるように、廃村の一軒──崩れかけた廃墟の屋根の下へ、ヒッソリと雨宿りしていた。
ヒトリ雨の話によれば自分自身が訪れた際はまだ集落があったという。
落雷と雨音に包まれ、暇を持て余し口を閉ざしていたものの、いつしか自分たちの所属となる祖の話題になったのだ。
「多多邪の宮…、あの人が…」
「知ってるの?すごいね!最近の子たちには姿すら現してないかと思ってた」
ヒトリ雨が複雑な気分なのか、不格好な笑いを作る。
「ええ、多多邪の宮との接触は何度か。あと、ジゼル・クレマンという者とも」
「ふぅーん?ジゼル??知らないなー。多多邪の宮さまのお知り合いなのかも…」
土砂降りのけたたましい音が外を支配している。あれからどのくらい歩いたのか、ミス(Miss)には検討もつかない。
しかし彼女は道を覚えているらしく、ズカズカと進んだ。朽ちた廃村にたどり着いた時、ヒトリ雨が密かに落胆したように見えた。
(この人、人間っぽいけど遠くにいて、あべこべな雰囲気があるなぁ)
「ジゼル・クレマンにこの旅を催促されたようなものです。僕の住処がめちゃくちゃになり、こうして逃げているのですから」
「はー。逃げるったって、君たち、首都から来たんでしょ?随分長旅だねえ」
「いいえ。追いつかれなければ良いんです。多多邪の宮などという輩にも、ジゼルにも。暇つぶしに持ってこいです」
咋噬 南闇はあけすけにそんな言葉を先輩に言う。板についた慇懃無礼な態度に彼女は気を悪くせず、うーむ、と唸った。
「無理なんじゃないかな…だって多多邪の宮さまは格が違うから。印猫さまより、その下の人たちとは別物だよ?君たちは泳がされてるよ」
「…泳がされても良いです。逃げ続ければいい」
呟くように彼は言い張った。それは彼自身を体現している発言で、ミス(Miss)は黙り込む。
真に逃げているのは多多邪の宮からではない。あの、人魂の主からだ。
「──人黄食いの化け物が、ついに表舞台に姿を現したか!」
いきなり天井から声が降ってきて、三人は上を向いた。
「ぎゃあああ!ネズミ!!」
人ほどあるネズミが天井に張り付き、目を光らせているではないか。
「我々は根の堅洲の者!縄張りにズカズカと入り込むとは何用か!」
他のネズミが姿を現し、あっという間に包囲されているのだと気づく。
「ね?ねのかた?…え、何ですか?!?」
「教養のなさ。呆れるな。見損なったぞ、人黄食いが!!」
「ひいっ!すいません」
キチキチと巨大ネズミたちが殺意を滾らせて、襲いかかろうとしてくる。
「すいませんねー。まさか縄張りだとは思わなくて!さっさとずらかりますわ」
ヒトリ雨がサラッと謝罪し、即身仏を背負った。「その代わり、縄張りの外まで案内してもらえません?アタシたち、倒漁港まで行きたいんです」
「ふうむ。仕方あるまい」
リーダー格のネズミが渋々、といった様子で了承する。
「うい助、彼女らを案内せい」
「へい」
かのネズミは二足歩行で、傘をさしながらも悪路を先導してくれた。
「倒港まで随分かかりますけど、あんたらどっから来たんで?」
「葉苅村から」
「そりゃ長旅ですねえ」
うい助というネズミはまだ敵意のない部類らしく、ははあ、と驚いた。
「私らが住みつく前は人里からバスが運行していたらしいんですが、今は」
「そっかあ。そんなに時が経つんだねー」
彼らは遊牧民の如く住処を移動しながらも、この世に居座っているという。根の堅洲国の入り口の位置が常に変わるからだと。
「その根の堅洲国、って」
「人で言うあの世です。まあ、基本は地下にあるんですがね」
「えっ!あの世!」
ミス(Miss)が驚いたのをうい助は笑う。
「この世の者でない部類の一つの拠り所ですよ。たまに人も迷い込みますよ。鉄道の駅もありますンで」
「拠り所…素敵ですね」