いじわる シ ないで
「んー…とりあえず身体を弱らせないと、暴走して周りに認識されたら困るし」
彼女はそういうと近くにあった頑丈そうな石を手に、ミス(Miss)へ殴りかかった。
「ハーッ、ハー…」
当の本人は金色の瞳を見開いたまま、返り血を滴らせ唖然としている。その隙を狙い、頭を殴った。鈍い音がして『血液』が飛び散る。
「何するんですか」
「君さぁ、教育係として失格だよねー。人黄の意味も教えない、自分自身たちが何なのかも明らかにしない。そんで己の親となる存在が誰だかも分からない」
冷徹な声色で、ヒトリ雨は殴り続ける。嘔吐くミス(Miss)など気にもとめず。
「もしかしてお坊ちゃまも、人黄の事知らなかった?自分が何なのかも知らない?至愚の嘘を鵜呑みにしてたりした?」
「は?何を」
「あははっ、世間知らずのお坊ちゃまかあ〜〜~。ドクター駒田みたいだねー」
ケラケラと嘲笑され、南闇は耐えられず──反射的にマジカルシャベルでガッと女の顔に突き立てた。
「レディーに手を出すなんて本当になってないわ〜。ま!ニンゲン、パニックになるとそうなっちゃうよね!」
顔に深々と刃先が刺さっているのに、彼女は明るい態度を保持したままペチャクチャと喋っている。
「黙れ」
笑顔を貼り付け、彼は怒りを露わにした。何度も何度もシャベルで傷をつける。
「僕をバカにするな。その笑いを止めろ、笑うな」
「お坊ちゃま。いつか、人黄を食べちゃったこの子に殺されないように気をつけなよー」
グチャグチャに細切れになった顔面で、ヒトリ雨は『マヌケな若者』を馬鹿にした。
「今度、至愚に会ったら全部教えてもらいなねー」
「うっ…」
ズキズキと頭が痛い。術士が呪縛で自らを殺そうとした時から記憶が飛んでいる。
「ここは…」
背中が見えて、誰かにおぶられているのだと知る。
「お父さん…?」
「僕がお父さんに見えますか?」
微かに気を害した南闇の声がして、恥ずかしくなる。どうやら道なき道をゆっくりと進んでいるようだ。
「すいません!手間をかけてっ、あ、歩きます!」
「良いです。まだ病み上がりですから」
「え?あれ?」
「ミス(Miss)ちゃん、オハヨー!起きた?」
隣からヒトリ雨の元気な挨拶がして意識を失う前の、気味の悪いコテージ群は夢でなかったと実感する。
「見てみて。夜明け!綺麗〜」
日が昇り初め、空がグラデーションがかっている。夏の夜明けは嫌いではなかった。虫の音と、風が荒涼とした景色を満たす。
「とても怖い夢を見た気がします」
「まあ、人生そんなもんさ!ミス(Miss)ちゃん、この先長いんだから気張っていこ」
ニッカリと笑う彼女に、困惑しつつも蘇りそうになった悪夢を閉じ込めた。