やまい
奇っ怪な魔法にミス(Miss)も力ずくで抵抗してみるが、体が1ミリも動かない。術士は意地汚い笑いを浮かべ、ヒトリ雨へ視線をやった。
「…アレに憑かれた医者をこの地へ招いたのはお前だったな。ヒトリ雨」
「だって、隠れる場所が欲しいってお願いされたからぁ〜」
「あ、あの、わた、私、置いてかれてるんですがっ!何があったのか説明してくださいっ」
はあ、と老婆は調子を崩されわずかにムスッとした。
「そうだねえ、小娘。昔話をしてやろう──」
むかしむかし、あるところに。
術士がミス(Miss)よりもさらに若い頃、中学生の初め、小さな村に部外者がやってきた。遠い港町で大きな医者の代々華族である一族から独り立ちした青年であると。
顔立ちの整った物静かな青年。上流社会の、華族に相応しい所作と雰囲気。
こんな人が本当にいるなんて。
術士の家系は元より術士を生業にしていた。歓迎ムードの中、珍しく祖母がアレはよろしくない、と村の人々へ忠告した。しかし村の人々にも自分自身にも彼に何が憑いているのか分からない。
祖母の拒絶より、田舎へ医者が来たのが嬉しかった。
首を傾げる村人と家族に、祖母は絶望したという。
それからは医療が充実し、村は以前より安定した──はずだった。が、高校生になった年、不可思議な病が流行りだし次々に村人が伏せった。
何が起きている?病に罹患した部外者は来ていないし、何より流行病の知らせもない。
壮年になった医者が病を懸命に治そうとするも、やむなく命を落とす者が出る。対して祖母は耄碌してからうわ言をブツブツと唱え、ひきこもるようになっていた。
──疫鬼が、疫鬼が、あの医者には憑いている。この村はおしまいだ。人黄食いすら隠して、おぞましい、おぞましい。
疫鬼。病をもたらす良くない存在。
若かった術士は意を決して病院へ駆け込み、手術室を覗いた。そこには『おぞましい化け物』と見知らぬ女がいた。
そうして医者は冷静に皮をメスで剥いで、何やらホルマリン漬けの瓶に囲まれている。
「あの医者は憑依された時点で一族から追い出され、この地にきた。祖母の言う通りにしなかったせいで疫鬼をはびこらせ、加えてヤツの残虐な人体実験に使われていたのだ」
「…じゃあ、あの神社には疫鬼が封じられているんですか?」
「その通り。それには塞ぐモノがないといけぬ」
疫鬼。初めて聞いた存在だった。
疫病神に似た存在だろうか?大仰な建物に封じられた疫鬼はずっと、老婆がこの歳になるまでこの場にいたのだ。
ある意味恐ろしい。
「手始めに弱そうなお前を殺めてやる」
「ひっ!や、やめて!」