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「ねえ、知ってる?首を吊るとね、首の皮膚が伸びてろくろ首みたいになるんだって」
「ねえ、でもなかなか死ねないんだって」
「練炭はすんごく苦しいんだって」
「ねえ」
キャンプ場で青年は震えていた。真夜中、昼間に設営したテントの中で寝ようとしていたら外から声がした。周辺は心霊スポットとして有名な噂もなく、最近できた新しいキャンプ場だった。
「薬をたくさん飲んでも、」
「黙れっ!あっち行けっ!!」
ランタンを味方に、彼は叫び、何かを追い払おうとした。
「お兄さん。何か食べ物ない?」
「あっち行ってくれよ!勘弁してくれ、マジで、頼むよ…」
ここ数日、山でクマが出ているのは知っていたが、人間らしき不審者が出没するのは寝耳に水であった。
「お腹空いた。食べ物ちょうだいよ〜〜~」
声の主は駄々をこねるようにテントを叩き始める。真夜中の二時に、一人で食べ物をねだる輩がいるだろうか?
キャンプ場には自分しかいなかったはず。あれから人が来た音もしなかった。明るかった頃の景色を思い出す。
何か石の塊が落ちていたり、人工物が茂みにあった気がしたが不法投棄だと一人合点して無視していた。
脳裏に浮かぶ石の塊は石仏にも見えたが、木陰が顔に見えたりする現象に違いない。
「いや…もしかして、ここ、何かあった場所なのか…?」
キャンパーたちのいない殺風景な土地。何か、悲惨な出来事はなかっただろうが、ただの山の一部ではなかっただろう。
「ねえ、はーやーくーお腹空い──」
思い切って外に出ると声が止んだ。山は霧がかかり湿った匂いがする。青年は過呼吸寸前になりながら、懐中電灯で周囲を照らした。
「…はあ…」
「もし。君、何でここにいるんだ?」
「ヒイッ!あ、あ、警察?!よ、良かった…びっくりしました」
中年男性の警察官が怪訝そうな顔をしている。霧の中、こちらの灯りに気づいたようだ。
「すいません。ここ、キャンプ場じゃなかったみたいで。も、もう帰りますから」
「クマでも見たのか?とりあえず交番まで送るけど」
「あ、ありがとうございます!!俺、自転車で」
彼は都心から近い地域を選び、比較的初心者向けのキャンプ場を探してここにたどり着いた。それが裏目に出たのか。
警察官は辺りを見渡すと、何とも言えない顔をした。
「ここら辺、自殺志願者が集まったりするから見回りさせられてるんだ。俺は村の巡査だぞ?」
「そ…そうなんですか…」
彼は藁にもすがる思いで警察官のパトカーへ近づいた。やけに古めかしい気がしたが、村の巡査と口にしていたから不自然じゃないだろう。
「あーっ、乗っちゃうのー?いいの?ホントに?」
外からテントに居た際に聞こえた声がした気がした。だが霧に包まれて全容が伺えない。
(もう…慣れない事は止めよう…)
パトカーが発車し、陰鬱とした国道を走り出した。
「ねえ、君。変な事を聞くけど」
「はい」
「何で墓でキャンプしようと思ったの?」
「え?」
警察官が後部座席を覗き込む。その顔はえぐれたかのようで、骨が露出し、眼球も潰れている。制服もズタボロでもはや肉塊に近かった。
「あ──」
車がガードレールに突っ込んでいく。引き返せない。叫ぶより前に衝撃と視界がグチャグチャになるのが先だった。