みえてる
ラファティ・アスケラは独房で暇をしているパーラム・イターに、意を決して話しかけた。
「あの、少し良いですか…最近、変なものを見るんです」
「ん?変なもの?目にゴミが入ってんじゃないのお?」
聞く耳を持たない彼女に、陰鬱な顔でラファティは首を横に振る。
「…。パーラムさんはあの世を見た事がありますか」
「無いね。私は渡しをするだけ、実の所、あの世なんてない。チリトリにゴミを集めてダストボックスに投げ入れるだけ──」
「…そうですか」頷き、しばし黙り込んだ。
「あの人がいるんです。彼岸に渡ったはずの人が、俺の視界に入るんです」
「精神科へ行った方がいいんじゃない?」
「この世の者でない輩が、ですか」
半笑いの彼にパーラムは片眉をあげて、独房の窓の外を指さした。
「あの窓の外には何がある?」
「何も無いです。作られた世界ですから」
「それと同じ。あたしたちは作られた世界の外側を想像して、それを目指しているだけ。ラファティ・アスケラ。あんたのいう彼岸に渡ったヤツが見えるのなら、そいつは無だ。作り出した存在か、無がやってきたか…どっちかになる」
無がやってきた。それは虚無の世界から死がやってきたのか。
「俺は…後者がいいです」
「はは!結局はあの時のオンナと同じか!」
「えっ」
「八重岳 イヨ子をなだめたのはお前だろ?ラファティ。可哀想なイヨ子。そんな覚悟を持つヤツに、説教されたってか」
声を出そうとして、そうだったと閉口する。イヨ子は死を受け入れ、渇望していたのか。
「…悪い事をしました。俺──」
「いいんじゃない?そんなモンだよ。後の祭りさ。みーんなね」
独房の床で伸びをすると、彼女は興味を無くしたように雑誌を読み始めた。
(サリエリ。俺を死の国へ連れていくならそうすればいい…)
イヨ子の虚ろな目が脳裏をよぎる。あれは虚ろだったのではない。
違う世界を見ていたのだ。
──異常じゃあないんですか。…正常って何ですか?分かってそれを。
イヨ子の怒りが鮮明で、鋭利な感覚を伴う。
(後悔はない…後悔は、ないんだ…)
夏バテ気味です。