どこまでも にげる
独房にいるパーラム・イターはたった一枚の醜怪な呪符を見やり、目を細めた。
「あたしの国の言葉。懐かしい…もう拝めないとあきらめていたよ」
「…確か…扶南国だったっけか?」
「そうそう。こんな物を手に入れてまで、呪いを成就させようなんてよ。人ってのは分からないね」
遠い異国の文字を、マジナイにするのは日本では珍しくない。クスを作った人物が大金をはたいて購入したのだろう。
呪符まみれの天井裏。封じ込めていた者が書いたマジナイとは異なる強烈な呪いを放つ、ある札があった。
その呪符だけ、一枚だけがクスの帯に挟まっていた。
「ガキの頃を思い出すわ。…私にも兄妹がいてさ。ここまで生きたらどんな顔をしていたかも覚えてねえや。あーあ、子取りに遭うまでは、普通に人間やってたのに」
至愚には想像できぬが、このオンナにも幼き時代があったのだ。いいや、全人類、令和ではそうか。
「多多邪の宮はそういう意味では兄妹になってくれなかったわ〜。アイツは歪んでるしぃ〜?──その点では八重岳 イヨ子はアイツに似てるよ」
「はあ?イヨ子が?」
知る限りの八重岳 イヨ子はただの教室の端にいる地味な女子であった。どこにでもいる年頃の女の子。
パーラム・イターが歪めなければあそこまでおかしくはならなかったろうに。
あの人智を超えた存在とは違う。
「ありもしない憧れにばかり手を出して、そこに、自分の周りにあるものに目もくれやしない。しかも気を引きたくて媚びへつらい。後は面の皮が厚いのを自覚しないで被害者ヅラ。そういうの大嫌いなんだよね」
「普通じゃないか!どこにでもいるさ!」
「えーっ、どこにでもいねえよ。あんなヤツ」
ハハハッ!と笑い飛ばし、人面獣は徐々に目を伏せた。
「アイツも、徒朧も最初はそこまでおかしくなかったなぁ…。どっか人生を諦めて人嫌いな、ああ、南闇に似たヤツだった。南闇もああならなければ良いが…」
思わず、あの弟子を話してしまった。気にしまいとしていた昔の記憶を。
「誰それ?まあ、徒朧?とかいう雑魚、ひねたガキって感じはしたわ〜」
呪符を返され、茶髪オンナが呑気にあくびをしているのをみやる。
「パーラム・イター。パビャ子と乎代子の生が尽きた時、引導を渡してくれまいか?此岸へ」
「私はもうその役割を放棄したからできない」
途端にふざけた芝居を止め、強い声色で言いのけ、彼女は取り合わないと逃げようとした。
「パーラム。お前はどこまで逃げるんだ」
「逃げるよ。自分のためにね」
自由が好き。誰にも囚われない。それがパーラムの肩書きとも言われていた。──逃げているだけだと、至愚は呆れていた。無論、それは当たっていて、今もまた物事から逃避しようとしている。
「じゃないと壊れちゃう事もあるんだよ」
パビャ子にそっくりな、虚ろな笑みで彼女は呟いた。
「あんたにだってあるだろ。そういうの」