さんかく きーほるだー
深夜帯。丑三つ時にはまだ早い。
ミス(Miss)は奇妙な血の匂いをかぎとり、家畜の亡き骸が転がる養豚場でデジャヴを感じた。人の血ではない。
しかし皆、頭部がない。それもまだ真新しい。
「もしかして…」
前に出くわしたあの牛の死体と不気味な家。アレと同じこの世の者でない部類が来たのではないか?
つい先程に。
「な、南闇…さ──」
人の気配がして振り返ると、豚の頭をした人間が佇んでいた。血をダラダラと襟に染み込ませ、荒く息をしている。
「ぶ、ブフーッ、ふーっ」
「ひっ」
ゾロゾロと豚の頭をした人々が集まってくる。豚そのものの鼻息で、ミス(Miss)をあっという間に取り囲んだ。
「ひ、な、何なんですか?!あなたたち!」
「人黄喰いの眷属が」
「見てしまったのなら、お前も、仲間になれ」
「仲間に、なれ」
口々に仲間になれ、と彼らは壊れた機械音声の如く言う。一人、体格の良い男性の身体をした豚が骨と肉を切断するための刃物を手に歩み寄ってきた。
「やめて!!いや、誰かっ!」
ミス(Miss)は手足をガッシリと捕まれ、身動きできなくなる。死ぬ──そう思って、頭が真っ白になった瞬間、懐のポケットから三角の物が飛び出し、眩く光った。
「きゃっ!」
閃光に包まれたかと瞼を閉じ、熱が頬を焼く。気がつけば養豚場は炎に包まれていた。
(わ、私がやったの…?)
「あ、あ、ママーッ!!」
南闇に手を引かれた子供が燃え盛る中、横たわり焦げていく女性の──豚人間へ駆け寄ろうとしている。
「君のお母さんは獣面の人に食べられましたから、もういませんよ」
「ママ、ママ…なんで、豚の人たちに…」
「南闇さん。ああ、…私、死んでしまう所でした…」
へたり込みそうになりながらも、至る所に倒れている死骸に躓かぬよう堪えて歩み寄る。手には三角のキーホルダーが握られているのを自覚し、ふいに視線を落とした。
「おめでとうございます。貴方も魔法道具が出現しましたか」
「え、これ…ですか?魔法道具…」
変哲もない銀のラメ入りのキーホルダー。咋噬 南闇はコンパクトミラーだった。
「獣面の人…獣面人を倒すとはお見逸れしました。彼ら、手強いんですって。詳細は知りませんがね」
「じゅうめんじん?そう、なんですか?」
アレらは一体…。それよりも母の亡き骸を見つめて号泣している少年が気がかりだった。
「君。お母さんだった豚の頭を神社に続く辻の前に埋めなさい。そうして自分に獣面人が来ないように、次の日すぐにその神社のお守りを買って肌身離さず生きる事。いいね?」
「う、うん」
彼に諭された子供は何度も頷く。どうしていいか分からずに、ミス(Miss)は満面の笑みの青年と共にその場を去るしかなかった。
夜中。2時くらいの、湿った空気が火の熱気を覚ましていく。
「僕たちはまた獣面人に会うかも知れません。手強いらしいですから」
「え、ええ…」
「この世の者でない部類はしつこい輩がたくさんいるんですよ。ミス(Miss)さん」
南闇は笑みをたたえたまま、静かに言い放った。