きもだめし は りすきー
人面獣は此岸にたくさんいる。ただ此岸に最も生息している類人猿に属するホモ・サピエンスなる生命体はその存在を認識できない。
合成獣が人類の伝承の中にあるのは、人面獣などの奇妙な生き物たちが此岸に長らく住んでいる証であった。
そうしてこの世の者でない部類が人間に混じり、品定めしているのも、知られていない。
首都近郊の山奥。時刻は午前2時。雲の間から月明かりがさし、時折木々のシルエットを際立たせる。
とある青年は友人の自家用車の助手席から、何かが並行して走っているのに気づいた。野犬だろうか?
暗い国道をザワザワと4つ足の生き物が同じ速度でついてきている──
嫌な気持ちになる。車に乗っていると幻覚を見やすいとは言うが、彼はわざと気にしないようにカーナビの音声に集中した。
「ヒイッ!な、なんだアレ!?い、今、顔が人間の犬がっ」
「はあー?今どき人面犬かよー、ウケんだけど」
肝試しにきた若者が二人、山奥の廃集落を探検していた。まだ大学生になったばかりの若々しい青年たちは懐中電灯で廃村を照らす。
「いねえよ」
「はあ、マジびびった…ガチで。もう帰ろうぜ」
「来たばっかりじゃん」
SNSによれば廃集落はほんのつい最近まで数軒…人が住んでいたらしい。検索してヒットしたのはそれだけで、他に情報はない。
先に村を離れた住民の、潰れた家屋はあれど、他はまだまだ生活の名残りがあった。
「カーナビが狂ってどうしようかと思ったけどさ。ここに来れて良かったわー」
「走り屋の心霊スポットの方がマシだよ、俺は。なんか変だよ。カーナビにこんなん載ってなかったし」
「落ちつけって」
人面犬を見た青年は一刻も車に戻りたい気分であった。理由は不明だがここは尋常ではない空気が漂っている。
草薮をかき分ける音がして、二人は身構えた。
クマか、イノシシか。ニホンザルか。
懐中電灯で道に出てきた影を照らした。すると獣ではなく、中学生くらいの少女だった。
「えっ」
「家出?」
二人は面食らって、佇む少女に近づいた。無表情でどこか虚ろな雰囲気がある。
「あ、あのー、大丈夫?もしかして連れ去られた?」
能天気な方の青年が心配しながらも肩に手をかけようとした。が、少女の顔が素早く動き──かぶりついた。
「あ、あギャアアあああ!?!いでえ!!」
「え、え、」
友人が食われ、さらにありえない力で地面に押し倒されると顔面を貪られ始める。
「え、う、嘘だろ…お、おい!」
ジタバタともがく友人から少女を離そうとするも、ビクともしない。
「じゃまああああ!!!」
女の子が初めて言葉を発し、唇の隙間から肉食獣の如し牙が覗いた。鼻にシワをよせ、化け物は飛びかかってくる。
「いだい!いだいよ!止めてくれえっ!だれか、誰かーっ!」
顔面の血肉、骨をズタズタに食いちぎられ泣き叫ぶも廃村には誰もいない。
「馬鹿なやち、バカ。あの時、忠告したのによ」
どこからか声がして残された片目でそちらを見た。そこには人面犬が佇み、こちらを眺めている。
「あたちゃの姿を見て、引き返さなかったからじゃ。馬鹿なやち、バカ、ばかばか」
罵られているが手助けはしてくれない。青年は少女に顔面を抉られ事切れた。
この廃村には数体の遺体が転がっている。村に住んで居た村民。測量に来た人。警察官。郵便配達員。SNSに村をあげた見知らぬ人。──そうして肝試しにきた、若者。
皆、顔面を抉られ、朽ち果てる。ここはあの化け物のいい狩り場になったのだ。小夜中、もはや人のいない村を人面獣は後にする。
あの娘はずっと飢えに付きまとわれ、苦しむのだろう。
「おろかな」