あぶら かたと ぶらり
ミス(Miss)は南闇が死体を見つけた部屋に戦慄する。
無機質なコンクリートの隠し部屋。その壁には写真がたくさん貼られていた。それも余す事なく。
生前ドラマなどで犯人の部屋がこうなっているのを目にして、この世には理解できない人も居るのだと気に止めていなかった。
だが、今、対峙する。
(燃やすなんて、どうしてもったいない事をするんだろう)
ボンヤリと眺めて己の心に浮かんだ考えに、戦慄したのだ。
(…普通なら、殺人犯だって怖がるのに。私、)
「あー、燃えてます。燃やし方が下手くそですね。骨に影響が出てしまいます」
彼は爽やかな笑顔で言い放つ。
「これ。皆、燃やされたんですか?」
「ええ。生きたまま、ですかね。ほら、生前の写真も貼られています。これは人間の仕業です」
怯えた顔をした老若男女が拘束され、写真を撮られている。
(こういう嗜好の化け物のいる、のかな)
ならばいいや、なんて。ミス(Miss)はなだめすかした。
床に転がっている死体は口からオイルを吐いて、事切れている。匂いからしてガソリンだろう。
「燃やすのに加えてガソリンを飲む偏食マニアなのでしょうか。変わった人でしたね」
「は、はあ。あ、見てください。ガソリンが入ったコップがあります」
汚いテーブルにはガソリンと思わしき液体が入ったコップが並べられていた。まるでお茶会でも開かれていたかのように。
「もしかすると彼は油すましの親類に会ったのかも知れません」
「えっ、な、何ですか?ソレ?」
南闇は死体の頭をぞんざいに蹴飛ばし、首を見せた。細長い手が強い力で絞めた痕跡がのこされていた。脂を吐瀉しつつも口を開いて喘いでいたようにもとれる。
「油すましをご存じない?油を取るこの世の者でない部類です。油を好きな化け物は結構います。…この様子だと、焼身に関する油すましの類いでしょう」
腕にも、衣服から覗く皮膚だけでも、身体中に強く絞めあげられた跡がある。油を出そうとしたのか。
絞り終わり、またガソリンを継ぎ足し──を繰り返したのか。
「怨みを宿したこの世の者でない部類は、このような人間に強く引き寄せられる。…彼らたちはこの男と晩餐を共にして、去っていったのでしょう」
よくよく見ると油っぽい床に細長い奇妙な足跡が数体歩き回っていたのを窺い知れる。
そうか。もう、この遺体は先客が食していったのか。
「ミス(Miss)さん。脳を摘出しますか?パサパサだと思いますが」
「い、いえ、不味そう…」
「ははは。僕も遠慮しておきます。油っこい骨は嫌いなので」
スーパーで夕食を魚や肉を品定めするかの如く、彼はサラリといいのける。その言動に慣れてはきたが、自分自身の中身も変容してきたのを自覚した。
(…。何も感じたくはない)
この殺人犯、男性がした行いは社会では重罪である。叱責や憎悪を抱いていいはずなのに。だが、それを食う自らは、化け物として俯瞰し空腹感に苛まれている。
(ああ、早く慣れてしまえば…なんて。慣れる、て、無責任だなあ、私って)