うしのあたま ひとのあたま
ミス(Miss)は牛舎に数え切れないほどの牛の死骸が転がっているのを見つけ、ヒッソリと人がいるか確かめた。
首都圏近郊からさらに離れたとある地。無人の、手入れを放棄された牛舎はやせ細った牛たちの無惨な死体だけが異彩を放っている。
奇妙なのは牛の頭部だけ、綺麗に切り取られている事だ。
「獣面の人たちが来たのでしょう」
南闇が横でそんな言葉を口にした。
「獣面?」
「はい。この世の者でない部類では顔がない者がいるのです。その方たちは定期的に顔を新調しなければなりません」
腐敗してしまいますから、と彼は何気なく付け足した。
牛を頭にする獣面の痕跡だろう──と、ミス(Miss)はそれを聞かされて世の中には数多の不可思議な存在がいるのだと感心した。
「民家へ行ってみましょう。もしかすると、骨があるかも知れません」
牛舎の少し離れた場所に民家があった。廃墟化してはいたが、そこまで日数は経っていないようだった。
「獣面の人たちは人間も食べるのですか?」
「さあ、それはまだ僕も分かりませんね」
二人で大きめな一軒家にたどり着く。自家用車などかそのままで、まるで忽然と家主が消えてしまったようだ。
「うーん。腐敗臭はしませんし、ハエの死骸も見当たりませんね」
カーテンを眺め、南闇は遺体がないのではと疑っている。
「逃げたのかも…」
「一応、入ってみましょう」
「はい」
施錠はされておらず、床には埃がうっすらと積もっていた。やはり化け物を目撃して逃げたのか。
「あ、見てください」
リビングに行くと、多少なりとも血痕があった。が、遺体はない。腐臭もない。
ただ不自然なのは家族写真や生活用品、テーブルには朝ごはんのような物が普通に存在しているのに、まるで旅行へ出向いたかの如く衣服などがなくなっている。
突然、どこかへ行こうと決心した、そんなような。
2階にも人はいない。
諦めて家を後にすると、電信柱に変な貼り紙があった。
「…これ、」
『一家行方不明事件。目撃情報のご提供をお願いしています』
警察が貼ったのだろうか。防犯カメラらしき画像に、牛の頭をした人たちが歩いているのが映っている。ミス(Miss)はハッとした。
部屋にあった家族写真に写っていた人たちの体に似ている者が数人いる。
(あの人たちも、獣面に?)
「あらぁ、珍しいわねぇ。セールスの方?あのお家はヤバいからやめた方がいいわよお」
電信柱を見ていたミス(Miss)に近所のおばあさんが話しかけてきた。
「これ、何ですか?」
「さあ…被り物って言われているけど、あ、誰にも言わないで。貴方、ここの人じゃないから」
耳に口をよせて、おばあさんは言う。
「あの日ね。私、たまたま車で通りかかったのよ。そうしたらね。家から叫び声がしたの。頭を食べないでくれ、って」
「え!」
「ほらあの、そんな事を警察にいったって信じて貰えないでしょ…あと、田舎だから変な人だって思われたりするから」
苦笑いをして、そんな事を打ち明けてくれた。
「本当に…何だったのかしら…」
「獣面の人たちは仲間を増やしたいのかな…」
歩きながらのどかな村を見やる。酪農業が盛んなある地方で牛たちが平和そうに草をはんでいた。
「まあ、何でもありですから。そんなものですよ」
南闇が満面の笑みのまま、牛の群れを眺めている。
「…不思議な世界です」
不自然な点が一つ。