いっか
一家と一過、まぁいっか〜のいっかをかけました。
曇りがちな午前中。ミス(Miss)は腐臭をかぎとり、足を止める。死の臭いがした。
それも人間の。
「ミス(Miss)さんは鼻が効きますね」
隣でコンビニのおでんをテイクアウトした咋噬 南闇が皮肉でもなく、そんな感想をいとも容易く口にする。
なぜ彼は定期的におでんを食べるのかも、おでんの昆布はなぜ食べれるのか…理由は教えて貰えていない。
「…最近、鼻の通りが良くなったのかも、しれません…」
「いいえ。貴方が化け物になったからですよ」
キッパリと否定され、彼女は意気消沈した。
「多分ですが、あちらからします」
コンビニは四辻にあり、店が入居している雑居ビルには大きな時計が飾られていた。そこを真正面だとすると、左に曲がる。
住宅地方面だ。
「狩りをしなくてすむのは羨ましいです」
「…。ええ」
事実ではある。人を無駄に殺めなくて済む。シャベルを振り下ろし、頭蓋骨を割る南闇を直視せずに済む。
先程まで生きていた生物の血を、肉を処分しなくても──。
なら利点があるのかもしれない。
「ありました。あの家」
彼が笑顔のまま、真新しい一軒家を見やる。ここまでなら南闇も嗅ぎ取れるようだ。
異臭騒ぎにはなっていないらしく、通行人たちは平然と行き交っていく。ハエも窓に密集している様子もない。
「鮮度があります。これは手が折れますね…」
「は、はい」
腐乱死体の方が肉が少なかったり柔らかい分実は楽だったりするが、ミス(Miss)は脳を食べるしかできない。鮮度がある方が臭みがなくて食べやすい。
腹が減ってはいたが、隣にいる南闇の『手が折れる』の意味を理解していたので冷や汗が出た。
一体だけじゃない。数体、あの家には存在している。
遺体が。
(慣れてきたけど。でも、ちょっとこういうのは苦手…)
家族を彷彿させるソレに彼女は俯いた。
(早く終わらせよう)
二人は玄関の施錠を確かめる。閉まっている。スタンダードな片開きドアで、彼曰く一番馴染み深いという。
「では壊しますので」
手馴れた様子でドアノブを破壊した。どうやって力を込めればシリンダーなしでデッドボルトやラッチが壊れるのかを長年の経験で分かっているらしい。
玄関を開くと、一気に血腥い空気が漂ってきた。昨日まで平凡な暮らしをしていたに違いない…散らばった可愛らしい子供靴や革靴、家庭を伺い知れる物にミス(Miss)は嫌になる。
「おや、血の臭いは風呂場からしますね。血抜きでもしたんでしょうか…まさか、同胞が」
彼はスタスタと土足で浴槽の方へ歩いていった。同胞やこの世の者でない部類が先に人間を食し、残していく場合に何回か出くわしている。
理性的な化け物ならいいが、食い散らかした状態で放置されていると腹が減るだけでさ迷わなければならない。
「血だけでした」
「はい」
リビングに行くと、首が並んでいた。丁寧に三体。母親、子供。苦悩を浮かべた瞬間で止まっている。なるほど犯行は人間の、父親のもの。
近くに首を刃物で掻っ切った壮年の男性が倒れていた。
「脳みそがたくさんじゃないですか」
「いやぁ、さすがに三個も一気に食べられませんよ」
各々の支度をして、家を後にする。食事は南闇が骨を確保している山か、人気が少ない場所になるだろう。
「もうニュースになっているんでしょうか」
「さあ、玄関は閉めましたし。気づいてからじゃないですか?」
あっけらかんと彼はゴミ袋を片手に言う。雀色時。人気のない道をひたすら歩く。
「遺書がありましたから彼が犯人になるんでしょうね。僕もさすがに手を出しませんでしたし」
「そうですね。指紋とか、残っていないと良いのですが…」
「指紋?化け物の僕らに指紋が?」
珍しく南闇は噴き出した。本心から笑っているのか、クスクスとこらえている。
「な、な!バカにしないでくださいっ!本当に心配なんです!!」