シ の ぶとう
覃(のびる、ひととなる)は死という概念、全生命の集合的無意識の──死の渦巻く奈落の底に大きな獣が歩いているのを見かけた。獣はあまりにも巨体であり、肢体には幾多の杭が突き刺さり、繋ぎとめていたはずの鎖を引きづっている。
犬だろうか?長い耳の垂れた洋犬にも、ネコ科の猛獣にも思えた。ブチ柄の尾の長い四足の生き物。
のびるは首を左右に傾げながら、あれは死の塊だと納得する。この空間が死を抱擁する場所なら、あのような化け物がいても不思議はない。
見開かれた眼窩。歯並びの悪い牙から多数の皮膚と血肉が滴っている。
アレは死神に近い。ふいに一瞬でも死を悟るとやってくる、抗えない生命の終わりの恐怖。
──のびるには関係ないので、欠伸をして横になった。
するとグリンと顔がこちらを向いた。
「おまえはだれだ、この、ばの、ぬしか」
獣が話した。女のような、喉が爛れた痛々しい声色だった。
「のびる。ここ、いるだけ。お前、死神。なぜ、のびる、鉢合わせした?」
「なるほど。しにいたるきせつ。おまえのような、そんざいにでくわしても、ふしぎは、ない」
口内から血を滴らせ、獣は一人合点する。あの赤黒い血は己の物だろう。
「死神。なぜ、縛られる」
「ぐもんを。わらわをしのしょうちょうにしたきおくをわすれぬため」
開ききった瞳孔と棘の如し髭をヒクヒクと動かし、死神は笑った。ゲラゲラと笑った。
地鳴りがして死を纏うこの世の者でない部類たちが蠢く気がした。のびるは微かに鼻を鳴らし、毛繕いを始める。
「しのおおいきせつ。まためぐってくる。またおまえにあうだろう」
獣はのしのしと終わりのない異界を闊歩していった。
「のびる。たまに変なの、に遭う。困った、困った」
ニタニタとしながらもわずかに彼は不機嫌さをにじませる。
「困る?なぜ?なぜ?なぜ、困る?分からない、のびる、何も困る、ない…なんだ、なんだっけ?」
この季節は体調不良になりやすいので危険ですよね。