みすてりー は みすてりー のままで
洞太 乎代子は短期バイトとして雇われていた雑居ビルの廊下の隅に何やら数枚の写真が落ちているのを発見した。
ほぼ使われなくなった雑居ビルの清掃をしていた。くらったるい廊下の一角。
ぶちまけるように、それは落ちていた。
「ん?」
手にとって眺め回す。ひと昔に流行したポラロイド写真というヤツだろう。
そこには薄暗い空間の中、紐で手首を縛られ、布で轡をされた人々の写真だった。皆、悲痛な目をしてレンズを見ている。
(うわ…こういうビルだったのか…)
訳ありだから雇ってくれたのだが…。住所不定の不審者を使うにはそれなりの理由がある場合が多かった。
乎代子には慣れたものだったが、こんな物騒な物的証拠を発見するのは初めてである。警察署に持ち込むか、それとも無視して戻しておこうか…。
イタズラ目的にばらまいた可能性だってある。
(こういうの、アメリカとかで有名だよな…なんだっけ)
背後からシャッター音がして振り返った。
すると雑居ビルの管理人がポラロイドカメラを手にこちらをニヤニヤと撮っている。
(え、犯人、あの人だったか)
他人事に眺めているともう一度、近寄ってシャッターを押そうとする。が、レンズに何かが写ったらしく悲鳴をあげ、尻もちをつく。
「ど、どうしました?!」
慌てて駆け寄るも老年の男性はこちらを見てさらに叫んだ。
「蛾!蛾の目玉が!目が!ひっ、ひ!あ、あが!め、め゛!ああああ!」
「うわっ」
己の両目を引っ掻きだしジタバタとのたうち回る。
「バカにしてるんですか?ちょっと、大丈夫ですか?」
「いだいっ!いだぁああ、いあだあ!ンばまああああ!!オ゛エ゛エ゛エ゛ッ!!!」
「え、尋常じゃねえなコレ」
白目が血走って動向が開きっぱなしのまま、引っ掻き傷から血が滲み、口から泡を吹いている。並の恐怖ではないのを目の当たりにして、とりあえず背後を確認した。
何もいない。
「あたし?」
少しだけムスッとする。蛾、だの、目玉だの。あの嫌な人物を想起させる言葉。
「救急車呼びますねー?」
ペチペチと頬を叩いてみるもそれと言った反応はなく、自分のスマホを手に119番をする。すぐ来るかは分からないがこれで何とかなりそうだ。
救急車が来て、男性は苦しんだまま運ばれていった。また警察もポラロイド写真を手に事件性があるかを話し合っている。
乎代子は関係なしと見なされたらしく、帰っていいと開放された。
疲れ果てつつもバイト代がもらえるのかが気がかりだが、あのポラロイド写真は何だったのだろう?と頭の隅で反芻する。よくある監禁されていた人たちを犯人が撮影したものだろうが…。
一枚だけ異質なモノが混じっていたような気がした。
それはあの雑居ビルで、倒れた男性だった。
「そういう趣味の集まりだったんかな」
世の中、広いものだ。色んな特殊性癖を持つ人がいるだろう。
廃墟のアパートへ戻るとクスがスヤスヤ眠っている。どうやら睡眠をとる生態があるようだ。
「あ、ラフ。いたんだ」
「よお。サリエリ、元気そうで良かった」
元サリエリを眺めながら彼は言う。
「さっきお前が働きにいったビルで事件あったんだって?」
「あー、雇い主が倒れちゃって。働き損だよ」
てか、何で知ってんの?と問うと、パビャ子が話してくれたそうだ。
「警察が変な話してんの聞いたって、俺に言ってきてよ。お礼に何かくれって言うからお小遣いあげて、おつかいさせてる」
「はは…」
パビャ子らしくて苦笑するしかない。腹が減れば天変地異があろうと飯を集りにくるのだ。
「で、なんて?」
「あの雑居ビル、撤去作業前で本来は無人だったんだと。なのに人がいて、しかも勝手に清掃バイトを雇ってる。写真の人物たちは誰だか分からないが、あの男性は雑居ビルの所持者だったらしい。それも数年前に行方不明になってる」
確かにバリケードやらが設置され、そろそろ解体作業が行われそうな様子であった。
「…。ポラロイド・ミステリー」
「え?」
「いや、でかかってた言葉がやっとでたな〜と」
「ンだよそれ」
不格好な笑いを浮かべたラファティに、彼女は平常通りだった。