くさってる
アリー・ダシルヴァは沈んだ顔もちの同胞を見守る。天使代理人協会の頂点が代がわりしてから、ずっとこうして心ここに在らずな様子だ。
「ラファティ・アスケラ。お前は分かってついていったはずだろう?いづれサリエリが失脚すると」
その言葉に、彼は依然として黙ったままだ。
「サリエリを引き止めなかったのはお前の責任だ。まあ、引き止めようが意味をなさなかっただろうが」
「はい。彼女は…頑固でしたから」
「人の心を知らぬ化け物が希望を確かめようとするとはな」
虚ろな目に怒りが宿る。彼は常にサリエリへ距離を置いていた癖に。
「別に貶した訳ではない。伝書鳩にもスラッジ由来の出生はいる」
「はい。彼女は人の精神的な構造を模索していました…俺と違い、彼女は人に憧れていました」
「ギャビー・リッターの件は残念だった。同期たちも悲しがっている。献花台も設置した」
「ありがとうございます」
お辞儀をして、彼は意気消沈しながら部屋を出ていった。
「他人とは身勝手なヤツだ。死んだら死んだでああやって悲しむ。生きている時はどこかしらで煙たがっていた癖に」
吐き捨てると、仄暗い令室の奥で──大仰な椅子に座りこちらを見ているジゼル・クレマンを睨んだ。
「貴様が死んだとしても、私は追悼の意を示さない」
「アリーちゃんは優しいねえ」
柔らかい笑みをたたえて、ジゼルはわざとらしく讃称する。
「気色悪い」
「そうやって素直に接してくれるひと、アリーちゃんしかいないもの」
素直な感想。まるでクラスメイトで唯一話しかけてくれる人、みたいな言い草に吐き気がした。
人畜無害さを前面に出した言動。人当たりの良い外面、または八方美人だとアリーは軽蔑している。それがジゼルという上司だ。
(貴様はこの組織の上層部なんだ。周りが貴様をどう思っているか、知っているだろうが)
数少ない上層部のメンバーも彼女を避けている。それは仲間はずれをしたい、とか、子供じみたものではない。恐ろしいものを見る視線を向け、距離を置く。
彼女が異質だからだ。
「アリーちゃん。すっごく優しいから心配だよ。さっきのあの人、サリエリ・クリウーチを匿ってるのに叱らないの?」
「あれはもうサリエリではない」
「ちゃんと組織を導かないと」
「それは貴様もだろう!」
「うー、こわー。そうだね、私もちゃんとしないと。じゃあ…」
柔らかい瞳に悪質さが含まれた。
「アリーちゃんの不正を暴いちゃおうかなー?」
「…」
「あはは、ウソウソ!この世は怠惰で動いてるんだから気張らない方がいいよ」
偽天使でもない存在がなぜ、この王座に座っているのか。それは誰も正せはしない。