れんさ
フス(廢)は前足──手を毛ずくろいしながら、クッションの上でくつろいでいた。
もちろん腐乱死体が転がるワンルームで、だった。
青年期の成人男性が住んでいた。ブランド品や流行りの雑貨が並べられ、動画が再生されたままのスマホがフローリングに転がっている。さっきまで生きていたかのようだ。
それもそのはず彼が死んでから一時間も経過していない。数十分足らずでフス(廢)に喉笛を噛みちぎられ、息絶えた。そうして腐敗し今に至る。
高値のクッションなるものに寝そべってみると案外、居心地がいい。ただフス(廢)自体はクッションを存じていないが…。
「こんにちは。またお会いましたね」
あの謎の女がいきなり話しかけてきた。リャマに変身できる野良悪魔。
彼女は忽然と姿を現し、腐敗臭の酷い誰かの部屋に存在していた。
「クッションに夢中で、聞いてない?」
腐敗した人物に近づくとしゃがみこみ、口と思わしき部位に指を突っ込んだ。
「お約束。叶えさせてもらいましたよ」
ズルズルと気味の悪い肝のようなものが飛び出し、風となり消えた。これがこの野良悪魔の異能だった。
「あちらの部屋、見た?」
フス(廢)へ廊下にある一室を指さす。前足を毛ずくろいしていた彼女は顔を上げた。
「なら、一緒に見ましょうよ」
「グが?」
「彼が叶えたかった物がしまわれているの」
野良悪魔は土足のまま、廊下をシャナリシャナリと歩く。
「ふふ」
ドアノブを回すと、何かが小さく悲鳴をあげた。
「た、助けて!」
高校生くらいの少女が監禁され、結束バンドで拘束されている。彼女はドアの先に佇む女性二人を前に心做しか安心したように見えた。
「ガアア!!」
フス(廢)が新たな獲物に口を開け、狙いを定める。普通でないと気づいた少女は悲鳴をあげ、壁に顔を背けた。
「ぺエッ」
「ひンガッ?!」眼球に唾を吐かれ、目潰しをされ、不平不満を述べる。
野良悪魔は静かに監禁被害者に歩み寄ると、優しく結束バンドを外した。
「貴方をこんな風にしたこの世を恨みなさい。誰も貴方を助けはしない。これからも、貴方は誰かの餌になる」
「ひっ」
「だって自分からあの男に擦り寄ったのでしょ?」
自由の身になると少女は転がるように、部屋を出ていった。フス(廢)は不満そうにタオルで顔を拭かれている。
「どうして助けたのか知りたい?」
砂まみれになったタオル生地を見やり、野良悪魔はアルカイックスマイルのまま言う。
「ああいう人間はあれからも報われず恨みを募らせ、他人のせいにしては世界を呪う。いづれは人の道を外れ…野良悪魔になるからよ。だから食べなかった」
「がうう」
「理解できないでしょうけどそんなものよ」
腐敗臭の酷くハエが集るワンルームで二人はそんな会話をする。ハエはどこからともなく死臭を感知すると寄ってくるもので、不思議な感覚になった。
「さあ、警察に通報します。本来はわたし、何もしない主義なのだけれど」
彼女は物事をジッと眺めるだけで手出しはしないのが己の在り方であった。が、男が契約を交わしてきたのだから仕方がない。
因果応報を知らせなければならぬ。
「ぎぎ…」
「お腹すいたの?ランチでもしにいきません?」
唾を発射するオンナ、リャマあくま。