95 先生は乱暴者
クレメンティア先生に駆け寄った先生は、血まみれの口を見て、
「イブキ! ケガが増えてる!」
と叫ぶけど、増えてないですよ。
「俺の血です。すり潰されました」
デロリと血まみれの右手を持ち上げて、ついでに足元に血が滴り落ちているのにも気が付いた。
結構出てたな。
エルンストさんがドサッと荷物を床に置いて、
「必要な物は?」
と聞いてくれたけれど、俺の手は後回しで大丈夫。
さて。どっから手を付けるか。
取りあえずシャチが気になって仕方がないんだけど、そこは我慢だよね?
「えーっと、クレメンティア先生とセバスチャン、さんは拘束して貰っていいですか? なんか自由にさせるのだけ怖いので。それしてくれたらまとめて治すので」
また先生が人質にされたらと思うと怖かった。
逆上して俺がクレメンティア先生とか殺しそうで。
そこだけ怖かった。
分かった、って短く返事をして、先生はクレメンティア先生から離れる。
エルンストさんが俺の荷物から服を取り出して切り裂き、二人を縛り始めた。
その間に先生の体に問題がないか、記憶に抜けはないかを聞く。
先生は短くどちらも問題はないと答えたっきり何かを考えている。
足がタンタンしてるから、話しかけない方が良さそうだ。
すぐに縛り終わりそうなので、俺も荷物の中からカリンバを取り出そうと思ったんだけど、カリンバがない。
「あれ、カリンバがない!」
「今、遠隔会議でビアンカ女王が説明するのに使ってる」
「遠隔会議?」
「対面電話だよ。イブキの言ってたテレビデンワ」
疑問に答えたのはエルンストさんで、縛り終えて二人を楽な体勢で置き直したところだった。
「ビアンカさんちゃんと服着てますよね?」
もうそれだけが心配で心配で。
「ははは、夜の私的な時間じゃないから大丈夫。さて、二人を拘束し終えたよ?」
「ありがとうございます」
お礼を口にして、カトリンさんにも軽く触れる。
「一緒に治しますね」
楽器がないから歌で。
対価をあげると時間がかからなかったり、広範囲だったりで凄く楽にできるから。
「俺の血で頑張ってくれる人いるかな? 治してくれる?」
歌うみたいに日本語で話しかければ、クリスマスのイルミネーションみたいに、一瞬で光が舞った。
「痛いの、痛いの、空の果てまで飛んでいけ」
遠いお山に飛んでったらカトリンさんみたいな木の妖精さんに飛んじゃうかもだし。
空の果てならイーダみたいな雲族にも被害でないよね?
多すぎた光の粒は、いつもみたいに俺に当たって消える。
あげた分の血液まで戻る感覚があって、永久機関じゃないんだからと、苦笑いがこぼれた。
カトリンさんも元通り。
クレメンティア先生は分からないけれど、セバスチャンはもぞもぞと手足が動くか確認してるっぽい。
エルンストさんも先生もびっくりした顔でこちらを見ているから、俺は右手を軽く振って無事をアピール。
「先生、治しましたよ?」
「……ああ」
なんか歯切れが悪いな。珍しい。
「先生?」
「……歌うのは恥ずかしいと言ってなかったか?」
「恥ずかしいですよ? でも、楽器も手元にないし」
厳密に言えばサンポーニャがあるけど、あれはちょっと俺には難しい。
言われてみれば、人前で歌うのは恥ずかしくて消極的だった。
今は気にならなかったな。
へたくそとか、あいつの歌声ってさって、そんな風に言われるのが恥ずかしいからだと思ってたんだけど。
恥ずかしかったんじゃなくて怖かったのかも。
「恥ずかしいより、歌とか声を評価されるのが怖かったんだと思います」
恐怖、半分あげちゃったんで、全然気にならなかったな。
ガサガサガサと、カトリンさんが声をかけてきたので慌てて通訳機を耳に押し当てる。
「カトリンさん、もう一回お願いします」
「それは大変な事。お二人にも伝えて欲しい事」
「先生とエルンストさんに? でもヤバいかなって思ったから半分だけですよ?」
「イブキが思うより大変な事」
大変かな? 怖がりだからむしろバランスが取れたんじゃないかと思うんだけど。
二人にはカトリンさんの言葉が分からないから、じっとこちらを見ていた。
「えーっと、恐怖は半分あげちゃったんで、今までより薄いんですよ。だから人前でも気にせず歌えたのかなって」
タンタンタン、と足を鳴らして、先生はため息を一つ。
「全然分かりませんよ? 報告は正確にしなさい。それは通訳機ですか? 貸してください。カトリンから直接話を聞きましょう」
そうしてくれると俺も安心です。
説明が上手くできなくてしょんぼりしている間に警察っぽい人たちが何人かやって来た。
エルンストさんが対応しているので俺は切り裂いてワイルドになっているシャツを着替えようと荷物を漁ったんだけど。
うん。
やっぱり切り裂くのはシャツが一番都合が良かったよね。
替えのシャツもまた切り裂かれて拘束用の紐になっていた。
いいんだ。ポンチョを羽織れば最悪中が裸でもバレない。
首輪とヘルメットも装着していつもの装備。
作業用エプロンはさすがにシャツを着ていないとゴツゴツして気になるので丸めてカバンに入れ直す。
お、トイレ!
ポケットに確保、確保。
そうこうする間にもクレメンティア先生とセバスチャンは連れていかれた。
災害で忙しいから、クレメンティア先生は監視付きで仕事をさせるし、セバスチャンも塔に戻して監視付きで仕事をさせるって。俺にも異論はない。
処罰は後からになるっていうけど、音の研究をさせないとかが一番効きそうだよね。
こっそりやりそうだけど。
「部屋を用意してくれたらしいから移動しよう。ビアンカさんも声が聴きたいと言ってるみたいだ」
エルンストさんが困ったみたいに笑うので、きっと、声を聴かせなさいっ!!! のマイルドな言い方なんだろう。
想像してニヤニヤしてしまった。
先生とカトリンさんも一緒で良いのか確認したら、先生は経過観察期間中に連れ去られたので一度病室に戻るみたい。
支障があったらどうするつもりだったんだ?
怒りよりもあきれで鼻息がふんって出ちゃったよ。
カトリンさんからも話を聞きたいそうで、話がしたいなら後で案内してくれるって。
「先にお礼は伝えたいです。二人の話が終わるまで待ってていいですか?」
通訳機も先生が持ってるし、というと、ちょうど話が終わったみたいですよ、と、穏やかに言われた。
警察っぽい人たちは被害者には優しいらしい。
俺の身の回りに居なかったタイプの長毛種なのでちょっと抱き着いてみたい、と思っていた時だった。
「イブキ!」
「グフォッ」
先生に両足で背中の真ん中にジャンプキックを食らいました。
なんで!?
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