92 危うげなく
目を覚ましたら木の上に居た。
「……だから、なんで、包む? ッゴホゴホゴホッ」
カッスカスのほとんど音声にならない言葉の後、立て続けに咳が出た。
風邪?
喉は痛いけど寒気はない。
今回はポンチョと毛布を結んで連結させて包まれてた。
こっちは気温が高いからめちゃくちゃ暑い。
もぞもぞと結び目を解いて脱出。
それにしてもずいぶん安定感のある木だな、と思ったら、俺の動きに合わせて枝が動いている。
あ。
「カトリンさん?」
ガサガサガサっと返事をくれるんだけれど、俺には何を言っているか分からないんだな、これが。
まぁでも、カトリンさんだろう。
俺もガサガサの声で、一度降りてクレメンティア先生に通訳機を借りてくるよって伝えたんだけど。
今度はザザっと。まるで鳥籠。枝に囲まれてしまった。
拉致監禁?
嫌な感じは全然ないけど。
むしろ暖かくて守ってもらってる感じ。
どうすっかな?
あ、電話。
電話しよう。
と思ったんだけど。
そもそも荷物がなかった。
なんならポケットに入っていたカリンバもトイレもない。
いや、せめてトイレは入れといて?
ここまで来て俺、ようやく覚醒。
「先生ッゲホッゴホッ……先生は、無事? 治った? ッゴホゴホゴホッ」
「ガサガサガサッ」
意思の疎通が先でした!
こっちの話は通じてるから、ハイは縦に、イイエは横に、枝を揺らしてってお願いして、改めて質問。
先生は無事に治ったみたい。ホッとする。
現在地は機材庫から移動して実験場の天井近く。
クレメンティア先生とは顔を合わさないでほしい、と。
今は作業を開始した時間から丸一日と十五時間後。
経過した時間分、枝を振ってもらったんで途中から数えるのにうんざりした。
俺はどんだけ寝てました?
あ、ちなみに尿意は腰をトントンされたらどっか行きました。
どうもありがとう。
何度かカトリンさんにここから下ろしてとも言ったんだけど、出す気も下ろす気もなさそう。
なにがあったんだろ?
強行突破の魔法も、カリンバがない。
歌うにしても声は出ないし。
……これはなんかヤラレた的な話?
クレメンティア先生に?
この自然災害で忙しいタイミングで?
そんな風に考えていたら、カトリンさんが揺れた。
コーン、コーンと、耳馴染みのある音がする。
その音は水の国でよく耳にした。
ウーヴェが木を切る音。
「カトッゴホゴホゴホゴホッ」
勢いで声を出すと途端に咳が出てしまいまともに話もできない。
ザザッと枝が動いて、多分俺に、下での話を聞かせたくないんだよね?
分かったけど。分かるけど。
人間で言ったらこれは攻撃を受けていて、カトリンさんがケガをしてるって事でしょ?
それはダメだろ。
それでもカトリンさんは下ろそうとはしない。
俺が、庇われている。
「ケホッ。中が空洞の枝、ゴホッ、短くていいから、ゲホッ、長さ違いで何本か、ゴホゴホッ、くださゲホッゴホッゴホ」
民族楽器店元アルバイターをなめんな?
一番生地の薄いシャツを脱いで犬歯で引き裂いた。
何本か紐を作って準備を進めておく。
カトリンさんは少ししてから頼んだ通りの空洞の枝をくれた。
そういう枝があるのか、作ってくれたのかは分からない。
揉め事が収まったタイミングだったのかな?
空洞の片側をシャツの切れ端で埋め、作った紐で枝同士をグルグルと固定。
接着剤とかないから長持ちはしないけど、急場しのぎには十分だ。
長さ順に並べた枝は、埋めた方を下に、上の方から息を吹き込むとちゃんと音がした。
サンポーニャ。南米の民族楽器で、束になってる笛。
ストローで作る自由研究なんかのキットも取り扱ってたけど、必要な肺活量が全然子供向けじゃない。
息を吸い込む時にめちゃめちゃ咳が出たけど、まぁ、何とかなるだろ。
音の確認をしただけで光の粒は来たし。
消える時に喉にぶつかって消えたから、頑張って喉を治して貰おう。
今は下に誰もいなそうだ。
下に降りたら声が出ないふりでもして機会を伺えばいい。
咳き込みながら時間をかけて少しずつ治す。
ぱぁっと派手にやってバレても面倒だからちょうどいい。
喋るだけなら問題ない程度に回復した頃、また下に誰か来たみたい。
サンポーニャをぐるっと丸めてポケットにねじ込む。
暑いけどポンチョと毛布を羽織ってから枝に触れる。
「カトリンさん、もう大丈夫。降りるよ」
悩ましげではあったけれど、今度はゆっくりと下ろしてくれた。
あれ、カトリンさんも縮んでる。
巨大化してたの?
ああ! イーダも姿形が変わるよね。
そんな感じで、俺の脳内はかなり呑気だった。
地面が見えてきてからポンと軽く枝を叩いて飛び降りる。
「ようやく降りて来たわね」
カトリンさんが気を使って少し離れた位置に誘導してくれたんだろう。
クレメンティア先生の声に視線を動かした俺は、とても悲しくなった。
カトリンさんの足の部分は傷だらけで、皮を剥がされている。
それに。
「……先生」
掠れた声だったので喉を押さえたら、クレメンティア先生は満足気に笑っていた。
後ろにはセバスチャンが立っていて、その腕には先生を抱きかかえている。
「話をしましょう?」
話?
先生の首に巻き付いた右手の爪で先生の顎を持ち上げて、すぐにでも刺し殺せますよって見せつけておいて?
「イブキ、一度死んだ様なものだ。助けて貰ったのに申し訳ないが、私の事は気にしなくていい」
先生は小さな声だったけれど、しっかりとそう言って、黙ってくださいとセバスチャンに口を塞がれてしまったから。
話は全部終わってから、たくさん、しよう。
この怒りも対価に。
喋るみたいに、歌う。
「先生、俺だって一度死んだ様なもんですけど、また死にたくはないですよ?」
先生が助かって良かったって安堵が物凄く大きくなって。
他は別に何とも思わなかった。
荷物も返して欲しいし、無力化するのが早いかな?
やられた分はやり返してもいいよね?
「バン、バン、バン、バン、バン」
適当なメロディーにイメージの言葉を当てはめれば、演奏よりも早く気持ちが伝わった。
クレメンティア先生とセバスチャンの手足に穴が開いて血が噴き出す。
こっちへ来る時に体の構造を復習してきたのだ。
立ち上がれない、腕も持ち上がらない、そんな場所を的確に。
手を放されて投げ出された先生が地面を転がって起き上がる。
良かった。
本当に大丈夫そうだ。
残った粒々に完全に喉を治して貰って、俺はクレメンティア先生の横に立つ。
ケガ人が入った箱は撤去され、がらんとした実験場。
成功したって事でいいはずなのに、どうして?
「先生も解放できたのでいいですよ。話しましょうか。あの後なにがあったんですか?」
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次回は12/30更新予定です。
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