91 代償
恐怖?
ああ、俺がしょっちゅう怖がるから?
怖くなければって思う事も多いし、そんなんでいいなら……
「ガサガサガサガサガサッ!」
ビックリした!
入り口でカトリンさんが大きく枝を揺らしている。
俺にカトリンさんの言葉は分からない。
通訳機を借りておけば良かったな、とぼんやりと思う。
まぁ、十中八九、粒々の事だろう。
辛うじて演奏は止まらなかったけど、危うい驚きでしたよ?
……ああ、これも恐怖、だね。
演奏が終わって中途半端に終わる恐怖。
無視して了解する恐怖。
了解せずに失敗する恐怖。
失敗して手作業で治す場合の恐怖。
先生に二度と会えないかもしれない恐怖。
うん。結構多いね、恐怖。
反射的に了承しそうになっていたけれど、少しだけ頭は冷えた。
深呼吸。
恐怖、恐怖、ね?
なにかやりながらの考え事は苦手だ。
上手く頭が回らない。
恐怖、恐怖、恐怖か。
今日麩の味噌汁って笑い話があったな。
どうでもいいな。
光の粒々が増えては箱に入り、増えては箱に入りを繰り返している。
時々背後の素材が移動しながら勝手に錬金されたりもしてた。
こいつらだって頑張ってて、嫌になったらどこかへ行く。
音だけじゃちょっと物足りなくて。
もう少しモチベの上がるなにかが欲しい、みたいな?
なら。
「全部はダメだと思うんだ」
喋った方が決められそうだった。
「ほら、高いところが怖いとかってケガしないための自己防衛だったりするじゃん? だからどうして怖いと思うのかって考えなくなると困る」
うっかり死んじゃうかもしれないだろ?
「それ加味して半分でどう?」
カトリンさんがその枝を伸ばそうとしたのが視界に入って、ヤバかったかな、とは思ったけれど。
もういつもみたいに、どうしよう、で、頭がいっぱいになる感じはなかった。
了承、と取ったんだろう。
うん。
むしろ今までよりいいんじゃないかな?
落ち着いてて。
先生の箱は相変わらず濁ったままだ。
内臓の問題じゃなくて、頭、脳が、壊れていたんじゃないかと思う。
記憶や知識を失っても、先生という生き物が死なない方法はあるけれど、それは俺の望む形ではなくて。
怖がらずにちゃんとクレメンティア先生から話を聞けば良かったな。
元の世界と夢を繋ぐよりも難しいこれは、恐らく部分的な時間の逆向だ。
知らない言葉で、聞こえない言葉で、なにかがそう教えてくれている気がする。
大丈夫だよ。
手元なんて見なくても弾ける。
どんな音が好き?
俺はね、音楽として成り立ってなくても、一音鳴るだけで、なんかいい音がするなって思たんだ。
この楽器。
ポン。ポン。ポン。
心音に合わせて弾く。
ぶわっとそれまでよりも勢いを増して粒々が溢れるみたいに現れて視界を埋め尽した。
この機材庫の外、実験場にある箱も全部、俺が君たちにあげたもので足りるなら。
このまま演奏を続けよう。
バレて騒ぎになって自由が無くなったらどうしようとかって恐怖は殆どなくなっていた。
最初からそうなったらそうなったでなんとかなると楽観的に考えていたからだと思う。
それに、残った恐怖は、出来るのにやらず後悔する恐怖だ。
壊れたオルゴールみたいに、弾ける曲全てをもう何巡弾いたのかな?
ふと、もういいよ、と手を包み込まれた気がして。
手を止めた時には、すべてが終わっていた。
目の前の箱は透明で、保存液の中に先生が沈んでいる。
良かった。
見た目にはなにも問題はなさそう。
俺はそのまま箱に覆い被さるみたいに眠った。
……気絶したとも言う。
またか。
***
機材庫の外、クレメンティアは平静を装いつつも心配していた。
イブキが作業を始めてすでに六時間が経っている。
無理やりにでも休憩を挟ませるべきか?
介入しても問題はないのか?
情報があまりにも少なかった。
イェンスとマルレーネ、ゲルハルト医師は、軽症者を何人も回復させては退室させている。
セバスチャンとともに運び込まれる箱を重症順に並べ直し、使用した素材を追加していた。
復興に必要な制作物の指示書も一緒に提出させようと机に戻り、チラリと箱の内容物についてのリストに目を移す。
マクシミリアンは倒壊した家屋により頭が半分潰れていた。
自発呼吸をしていたからこそ命は助かったが、以前の関係には戻れないだろう。
イブキを騙すつもりはなかったが、結果的に騙したと思われても仕方はない。
フォーティスト国関係者も三名は似た様な状態だった。
残りの六名は時間をかければ治すことは可能だろうと思われる。
ただ、その内の二名は役職持ちだ。早期の復帰を望まれるのは想像に難くない。
「……クレメンティア先生……」
セバスチャンの声にクレメンティアが顔を上げた時、機材庫の扉からすり抜ける様に光の粒が溢れ出ていた。
「イェンス! 扉に施錠をして頂戴!」
瞬時に魔法暴発を危惧して被害を最小限に抑える行動に移る。
魔法が見えないらしいゲルハルト医師を実験場の隅に避難させ、セバスチャンがマルレーネを庇う様に立った。
作業を一区切りさせなければ運び込まれたケガ人を殺してしまう可能性があったのだ。
クレメンティアは魔法の粒を避けながら扉へ近づいて声をかける。
溢れる光の粒は勢いを増していた。
「カトリン! ベンヤミン! 無事!?」
答えたのはカトリンで、クレメンティアにしか理解できない内容は、クレメンティアの声でその場にいた全員に伝えられる。
「……現在この実験場にいる全員の修復が可能だそうよ。邪魔をしなければ魔法は暴発しない。マルレーネ、光の粒が到達したら作業途中でも手を止めて、それで問題ないと言っているわ。セバスチャン、マルレーネのサポートを。ゲルハルト医師の場所で待機しましょう」
クレメンティアが足早にゲルハルト医師の元へ向かう。
二人が合流する頃にはセバスチャンとマルレーネも移動を開始した。
実験場の中を埋め尽くす程に集まった光の粒は、やがて綺麗な螺旋を描き始め、するすると箱に吸い込まれていく。
「時間の逆向……」
先程クレメンティアが口に出さなかった魔法の内容だ。
体験した時間を逆行させ、逆向させた地点の身体状態から新しい世界線を生きる、そんな聞いた事も見た事もない魔法。
美しい光景だった。
バキ、ゴキ、グシャと、体が再構築される音さえなければ。
「凄っ……イブキ大丈夫なんですかね?」
セバスチャンからこぼれた言葉に、
「ええ」
と相槌だけを打ち、クレメンティアは押し黙る。
誰にも告げなかったが、感情の一部を対価にこれだけの現象を引き起こしたと知った。
代償はどれほどだろう?
対価に捧げる事が可能な感情の種類は後何種類ある?
イブキは七国連合で確保しておくべき人物だと、そっと唇を噛んだ。
***
お読みいただきありがとうございます。
次回は12/27の更新を予定しております。
引き続きお付き合いいただけましたら幸いです。
聖なる日に嫌なところで終わって申し訳ないです!
とはいえ、
メリークリスマス!
幸せな聖夜を過ごせますように☆




