87 二度目の新年と日常
年の終わり、ビアンカさんにキベン国にいらっしゃいとお誘いを受けたけれど断った。
水の国の新年を経験したかったし、俺も水の国を自分の生きて行く国って決めたのがデカいかな。
なんとなくこの言葉はちょっと恥ずかしいんだけど。
実家、でも。
父方の祖父母の家と、母方の祖父母の家に顔を出したりしていたので。
故郷とか、原点の場所とか、まぁ、そんな場所にいるのが相応しい、のでは?
と、ごにょごにょ説明したら分かってくれた。
イーダと二人で外に熱光石を運び出して、ウーヴェに作ってもらった七輪で湯を沸かす。
湯気がモコモコと空に消えていくのを眺めながら、今年も終わるんだね、などと当たり前の話をする。
この世界で二度目の年越し。
水の国では中央みたいに花火が上がるとかはないけれど、家族みんなで外に出る。
空っぽになった家にはご先祖様が来て、一年の悪い物を持って行ってくれる。
そんなに都合がいい事ってある? って思ったんだけれど。
「私なら、悪い物は持って帰ってあげたいよ」
イーダは穏やかにそう言った。
こっちでも中央語が共通言語で住人も単語は分かる。
言葉を忘れないためにも、普段は繋がずに話すようになった。
会話に困らない程度には辞書も埋まったし、改めて当初の目的は果たせたんだと思う。
「持って帰ってあげたいけど、持って帰った悪い物はどうすんの? 後処理が気になりすぎる!」
なんとなくイーダの倉庫を振り返る。
そもそも俺もイーダも、今住んでいる家に他の誰かが住んでいた事はない。
今回は体験しておきたいって俺の希望が通って、現在車と倉庫の双方に、おせちみたいに食べ物を用意してある。ご先祖様へ、おもてなし? あ、供養! じゃなくて、供物? だっけ?
年が明けてから家に戻り、起きてからそれを食べる、までが新年の行事なんだとか。
「嫌いな人の家に放り込んでから帰る」
普通に言うから笑ってしまった。
「新年に切替るギリギリに放り込まないと先祖に回収されちゃうかも」
イーダも笑って、
「知らないご先祖様同士が悪い物を押し付けあって喧嘩をしているかもしれないね」
と返してきた時、キーンと、痛くない程度の耳鳴りみたいな音がした。
「ああ、新年だね。今年もよろしく、イブキ」
獣人にはかなり大きな音に聞こえるらしいけど、深夜コンビニの若者避けと同じっぽいんだよな。
俺は何歳までこの音が聞こえるんだろう?
「うん。去年はたくさんありがとう。今年もよろしく、イーダ」
両手を上げてハグポーズをするとイーダが巻き付いてくる。
巻き付かれるばっかりだったんで、俺からは全然来ないね、と文句を言われたんだよね。
雲相手にどうしろと? って話し合いの結果、この形に落ち着いた。
そうそう、イーダとは、ご近所さんからは”家族”と認識されているらしい。
祖父母でも両親でも兄弟って感じでもなく、関係性的には夫婦、が近いんだろうけど、俺から見ると相変わらず保護者である。
「さて、熱光石を運んでお風呂に入って眠ろうか。中央はもうしばらく騒がしいだろうから、今晩は電話もないだろう?」
「うん。昼頃に新年のあいさつをって言ってたよ。俺が運ぶから風呂入れててよ」
火傷しない様に手袋をして熱光石を持ち上げる。
本人は気にならないらしいが、微妙にイーダが減るからあんまり持たせたくないのだ。
「少し熱めにするよ」
そう言ってイーダは車に戻って行った。
七輪はがぼっと蓋をするだけの簡単構造なのでそのまま放置。
倉庫に熱光石を運び込んで、ついでにイーダのご先祖様用の水の入った皿を回収。
形ばかりではあったけれど、静まり返った倉庫はなんとも神聖な感じ。
声にこそ出さないけど一応、今年もよろしく、と思いながら扉を閉めた。
翌日は予定通りビアンカさんから電話があり、そのついでに先生にも電話をして新年のあいさつ。
夕方近くなってからウーヴェの家に行き、新年のあいさつ兼夕食。
午前中はなんか、新年の大会? をやってたんだって。
話を聞く限りじゃ相撲に似たルールなのに、説明する動作はおしくらまんじゅうだから混乱する。
気にしたら負けだと思っているからもう気にはしないけど。
「次にウテの村に行くのはいつだ?」
ウテは小人族の人で、隣の……隣の隣の村? かな? に住んでいる。
小人族の集落ではなくて、狸とかイタチっぽい獣人さんが多い村で一人暮らし中。
「特に決めてないけど、用事があるなら行ってくるよ? 明日は収穫があるから明後日以降になるけど」
新年用の食事、つまりは発酵しまくった酒を届けて欲しいらしい。
多少距離があるので車で行って、他の村にも寄りつつ、のんびり三泊四日かな。
翌日は予定通り近くの村からお手伝いをしてくれる人と畑で収穫。
畑が大きくなり過ぎたんで、収穫した野菜なんかは半分持って帰ってもらって、ついでに三、四日の留守を伝える。
天気を見て水を撒きに来てくれるって。頼もしい。
こっちって人手含めた物々交換だから、俺に限らずどこの場所でも収穫を手伝えば貰えるし、頼み事も気負いがない。お金を使わない訳だよなぁ。
そうそう、肉の培養に使う、日本で言うトウモロコシみたいな形状の大豆みたいな野菜。
俺以外に栽培してる村がなかったから多めに作ってて。
それを気に入った村があったみたいで、栽培の許可を求められたんだよな。
俺に許可を求められてもなぁと思いつつ、軽くオッケーとか言ったんだけど、中央の方だと問題になっちゃうみたい。
貿易なんだか原種なんだか土壌問題なんだか、なんか色々あるらしい。
水の国の住人で良かった、って話半分で聞いてて怒られたっけ。
こっちは気候が変わらないから植える時期をずらすと言っていた。
在庫に困ったら訪ねてみよう。
そんな風に穏やかに、本当の意味でこの世界に馴染んで行った。
思えば平凡な高校生だった俺が、今や錬金術師である。
人生どうなるか分からない。
元の世界でも謎の失踪事件の後に死亡が確定しちゃったんだから最後は全然平凡じゃないんだけどね。
でも本当に普通の学生だったのだ。
こっちでは装備のせいで変な目で見られる事も多いから真逆だな。
奇妙な錬金術師が来たぞーとか言われるもん。
装備止めたらって思うじゃん?
でもさ?
意味もなく飛んで来た鳥系の獣人のクチバシが首輪にぶっ刺さった事もあるし。
何を言ってるのか分からないとか、何を書いてあるのか分からないとかで困るのも俺だし。
自衛は大切だよね?
定期的に生命の危機に陥るのがこの世界。
初めて錬金術師組合から緊急招集がかかったのはもうすぐ夏になる六月の最後の週だった。




