86 終わりはつまり始まりだ
エルンストさんがキベン国に帰り、少しずつこれからの”普通”の日々になっていった。
朝は畑の手入れをしてから素材を取りに行ったり素材を錬金素材化したり、三日に一度は周辺の村へも行く。
水の国には古い錬金道具が多くて、最初の頃は修理の依頼ばかりだったけど、最近は錬金素材の要望が増えてきたかな。
昼を済ませたら自分の研究の時間。
携帯電話は錬金術師組合との共同研究になり、難しい所をぶん投げただけあってすぐにできた。
家電の呼び出し音を転送して、立ち止まって家電にかけるとかけてきた人と繋がるみたいな形なんで、改良の余地ありだけど。
相変わらず移動しながらってのは難しい。前後左右十歩づつ位なら誤差なのにそれ以上だと途端に切れるんだよね。
まぁ、電話の座標に駅の待合所みたいな電話小屋を建てて、車で移動できるようになったのは喜ばしい出来事。
テレビ電話は試作をいくつか作ったんだけど、状況を気にしない人が多すぎて俺には無理だったので研究からは抜けてた。
だって! 先生に電話すればなにかを解体中だったりするし! ビアンカさんは全裸だったりするし! どうなってんの、倫理観!
それでも需要はあるみたいで研究は進んでいるらしい。
俺はスマホで分からない事を検索したり、SNSみたいに誰とでもやり取りが可能な、まぁ、ネット? を作りたいんだけど、一人ではとても無理で。電話の研究が終わったらねーと保留状態だ。
音楽の研究も時々。
元の世界とはまた繋がれるみたいだから、その辺も含めて、研究ってか、考え事が多いかな。
なにか思いついたら検証するって感じで、なかなか実験には移れない。
他にもその時々で思いついた物を作っているけれど、ただの道具だったり錬金道具だったりで適当だ。
みんなにうるさく言われるのでアラームはすぐに装備に組み込んだけど。
朝飯の時間と昼飯の時間と夕飯の時間と、夜の最終確認に鳴る。
それぞれ喋るアラームでイーダの声で、朝ごはんを食べなさいから始まって、電話の予定や明日の準備で抜けはない? で終わるんだけど、一緒に居るんだから直接言ってくれればいいのに、と思わないでもない。
なんでも、イーダは人間の理とはズレた生き方をしているから難しいんだってさ。
自覚あったんだ。
そしてイーダにできない事が俺に出来ると思うなよ?
イーダの仕事は相変わらず理解できてないんだけど、ここ一、二年は研究期間だとかで、ほぼ一緒に行動している。
たまに地面に消えて行ったり、飛んで行ったりしているので、なにかはしているんだろう。
雪原に行くのもイーダにとって喜ばしい様で、それならそれでいいか、なんて、思っている。
車にでかでかと、出張錬金術師、と中央語で書いて、水の国向けに錬金術師組合の意匠も書く。
これで水の国をふらふらしていると、結構声をかけて貰える。
報酬に、昨日親父が死んだから肉を持っていけ、とかもあってビビるけど。
みんなで分けるから一体丸ごと渡されるわけじゃないのが救いかな。
実際問題貰えると助かるし。
食料とか、水の国には無い物の調達は国境にある塔まで行かないといけない。
ただ、ビアンカさんが寄れってうるさいので限界ぎりぎりまで我慢中なのだ。
少しは格好つけたいってのもある。
一年に一回、イサキを見に行く程度がちょうどいい、はず。
朝起きて、だるい、と思う時もあるけれど、俺がやらないとなにも終わらないので、そう言う日は自問自答する。
体調が悪いか、なにか悩んでいるのか。
たんにサボりたい気分なだけか。
割と重要な気がしてる。
「錬金術師の兄ちゃん!」
今日車を停めたのは一番近くにある村で、すでに何度か来ていて顔見知りになっていた。
甲高い声で俺を呼ぶので、
「おう、どした?」
と返事をすれば、
「爪が全部剥がれた」
だって。
「は? なんで? 痛くないの?」
「地面掘ってたら岩だった! 凄い痛い!」
習ってて良かった生命系錬金術。
こういう目を逸らしたくなる相談事も多いのだ。
爪の中に血管があるみたいで出血もしている。
麻酔液をかけて、少しだけ残った爪を採取。
包帯でグルグル巻きにして、採取した爪は保存液にドボン。
この子を帰したら培養液を作らないと。
「明日には痛くないところまで爪は戻せるけど、痛くないからって今日はもう掘るなよ?」
しかも保護者が一緒じゃないんだよな、これが。
字が読めない人が多いので、
「母ちゃんに、明日昼に来て治すって言われたって伝える事。いい?」
と伝言をお願いしておけば、翌日は保護者と一緒に来てくれる。
報酬欲しさでもないんだけど、全部を無料でやるわけにもいかない。
いまだにちょっと報酬の催促が苦手なんだけど、俺以外の錬金術師の迷惑になるかもだし、頑張らないと。
絶対にまた地面を掘りそうな勢いで走り出すので、もう一度。
「今日はもう掘るなよー!」
話声にぽつぽつと人が集まってくる。
「おう、錬金術の。この間直してもらったヤツ調子いいぞ!」
「鉈作れない? 根元から折れちゃったのよ」
「お腹の調子が悪いんだけど」
って感じ。
「良かったです。また調子が悪くなったら熱光石の粉末を吸わせてみてください。えーっと、ナタ? ナタってなんだ? わかんないんで折れたの持ってきてください。多分修理でいけると思うので。で、えっと、お腹の調子? 俺、医者ではないんで分かんないですよ? 食いすぎ? 食っちゃダメな物食った?」
中央の客層と違うし、元の世界の、並んで順番待つとかもないから最初は焦ったけど、気が付いたら慣れてたな。
製造・複製機で事足りるのが殆どなんで、いっそ製造・複製機を量産しようかとも思ったんだけれど。
それはウーヴェに止められた。
前と同じ事なのかな。
便利過ぎても国がダメになるからって。
他の年配の住人もそんな感じだから、小人族に限った話でもないみたい。
俺もやりすぎると排除対象になりそうなので程々に自重。
村長っぽい人が居たら反応を伺う様にしている。
今日はすっげぇ見られてるな。
「えっと?」
「報酬をどうしようかと悩んでいてな。なにか手伝えることはあるか?」
なるほど。労働奉仕。
「なら畑かな。そんなに時間かかんない場所なんで、詳しい人が居たら教えてもらえると助かります」
一日だけのつもりだったのに三日に一度通われた上に畑を三倍にされたりとか。
そういう事もあるんで発言には気を付けないといけなかったりもする。




