81 ごちゃごちゃ考えたら負けそうでした
どうして考えなかったんだっけ?
目の前にあった物に手を伸ばして、生きて、気が付けば戻る手段を探してもいなかった。
別に両親が嫌いだとか、家庭環境が悪いとかもなくて。
ただ考えなかった。
簡単な話。
俺だけの気持ちの問題でいいなら、単純に執着する理由がなかったのだ。
でも、逆は?
残された側だったら?
生きてるのか。死んでるのか。眠れているのか。お腹を減らしてないか。寒くないか、暑くないか。
眠る度に、食事の度に、季節毎に、思い出すんじゃないか?
そこからは転げ落ちるみたいに、なにもかもがぐちゃぐちゃになった。
後から考えてみても、この時に何を考えていたのかは思い出せない。
考えたらダメな方向にばかり思いが向かって、それでもギリギリのところで踏みとどまった。
ぽん、と、踏み外せば楽かもしれないと思う度に、それはダメだと思うだけが止める術で。
時間の感覚もなくて、多分俺が起き出すよりも少し早い時間帯。
ふっと何かが入り込む感覚がして、ああ、イーダだ、と思う。
『すまない、一人にするべきじゃなかった』
俺の内面を読み取ったのか酷く焦ったイーダの気持ちと、助けようとする気持ちに感情が反発する。
泣くでも怒鳴るでもなく、ただ丸まって、耐える。
イーダが隙間を埋めるみたいに入り込んできて、普段はひんやりとするのに暖かくて、体が冷え切っている事を認識した。
ふと、例えばこのまま飲まず食わずで布団に引き籠ったとして。
いよいよ死ぬ寸前に生きたいと思ったのに体が動かなくて死ぬとか。
そんな最後は嫌だと思えた。
がちがちに固まった体を少しづつ緩めて、触ろうと物質化している顔の辺りにあったイーダを掴む。
「とりま、もうちょい、このまんまで」
掠れた声でなんとか告げて、イーダにならわざわざ口に出さなくてもいいんだったと、安堵する。
なにに安心するとか、厳密には分からないんだけど。
それでしばらくして寝ちゃったんだから、俺ってヤツは、である。
起きたら気分は沈んだまま。でも普通に動けはした。
しかももう昼の時間帯。
イーダが用意してくれた昼飯を食べながら、回らない頭でやらなくちゃいけない事を考えては霧散させる。
絶不調だけど、紙に書いて少しづつやるしかない。
書くのもちょっと大変で、文章がまとまらないから箇条書きにもならない。単語のみ。
書く事自体にもイライラするし、落ち着こうとすると、思ったよりも時間が経ってしまう。
無心。無心になろう。
取りあえず昨日持って帰って来た素材の解析結果は確認しないで全部分離機でいいや。
考えない、考えない。
食事も携帯食のレシピと材料を放り込んで、しばらくはそれでいい。
説明するのが面倒で、イーダには適当に把握してくれると助かるって頼んでおいた。
倉庫用の防水液は組み立て前に塗って乾かしてて、量は足りたみたい。
個人的にもう少し欲しいって希望があったんで、材料の確認はしたけれど作業は手につかない。
気分転換を兼ねて、また昨日の場所に行ってカリンバを弾く。
イーダも一緒に来てくれたから、ついでに話を聞くのをお願いして無心で弾いた。
どれくらい弾いてたんだろう?
また爪が割れて我に返る。
痛くはなかったんだけど血が滲んでたんで忘れずに治して貰える? って滑り込むみたいに頼んだ。
飛び込んでくる粒々はカラフルで、空の青と山吹の丸から降ってくるみたいに見える。
うん。綺麗。
ウーヴェみたいに美しいって形容詞は俺の中にないんだけど。
綺麗、だとは思う。
すうっと、そのまま意識が途切れて。
次に目覚めたのはゴーカートの中。
なぜかウーヴェの足を枕に毛布でグルグル巻きにされてた。
「イーダ?」
近くに居るよね?
『起きたのか?』
居た。
「うん。これ……どういう状況?」
もぞもぞと毛布から這い出しながら聞く。
ウーヴェは起きないし微動だにもしないな。
『ウーヴェは昨日の現象を再度見たかったそうだ。追って来ていた。イブキが眠ってしまったからここまで運んでくれたんだよ。毛布は出発時間が遅かったから積んでおいた。食事も持ってきている。食べなさい』
携帯食と水を手渡されたけど、別に腹は減ってない。
「今何時?」
食うけど。
『もうそろそろ普段起きる時間だよ』
じゃあ朝の六時位?
外でどんだけ寝てたんだろ?
『眠ったのは三時を回った頃だ。それ程でもない』
むしろそんな時間だった事に驚きだよ。
青と山吹の丸から粒々が降ってくるみたいに見えたって事は、俺は真上を向いていたんだよな?
下向いてて、爪見て、粒々見て、そのまま視界が真上?
長時間だったみたいだし、疲労とか急激なストレスとかできっと倒れちゃったんだな。
体力つけなくちゃ。
携帯食を口に放り込んで、眠ったまま起きないウーヴェを毛布で包む。
「取りあえず帰ろっか」
『そうだな』
運転していて気が付いたんだけど、妙にスッキリしていた。
爪も治ってるけど、どうやら俺の不調も治してくれたらしい。
手足が震えるのとかはランダムなんでまだ分かんないけど、治ってる気がする。
この手があったか。
このままずっとこっちに住むなら、定期的にお願いすれば生きていけそうだな。
最終決定は家に帰ってイーダに話を聞いてからにはなるけれど。
イーダと繋がっている感覚はあったけれど、イーダが話しかけて来る事はなかった。
ウーヴェを家まで送り届けてから帰宅して、風呂に入りながらイーダと話す。
俺が堕ちて来た日の堕ちて来た時間。
堕ちた場所へ向けて打ち上げれば元居た世界に戻れるって話だった。
転移とか、空間の歪みに放り込むって解釈もできそうかな?
だけど、元の世界には魔法なんてなかったから、来た時と同じ状況だと助かる可能性は低い。
大気圏前なら燃えちゃうだろうし、あんまり高所からなら気絶するって言うし、そのままグシャッといきそう。
仮に着地が上手く行っても信号の真ん中だったから轢かれる可能性もなきにしもあらず。
こっちで生きるのが絶望的なまでに苦しければ試すかもしれないけど、ちょっとリスキー。
イーダは私が言う事を信じるのかって聞いてきたけど、それ俺が直接聞けば分かっちゃうんだから嘘つく方がおかしくない?
『帰したくないだけかもしれないよ?』
急な愛の告白とかやめてくださいね?
がぼっと湯船に頭まで浸かって息の続く限り叫ぶ。
意味はないけど、何かは吐き出せた、と思う。
まだ考えるべきことはあるけれど、足元固めないと。
風呂から上がったら昼飯を食って、眠いけど頑張って防水液を作って、それからイーダの倉庫造りを手伝おう。
ちゃんと飯食って寝ないと先生に怒られちゃうからな。
そう。
先生の事は思い出したんだけど、ビアンカさんの電話の約束はすっかり忘れていたんだよね。




