80 いまさら
同じ日なら上げられる?
同じ日って日にちの事?
同じ条件って事?
上げられるって?
元の世界に戻るって事?
落ちた場所まで上がるって事?
大量の疑問が物凄い勢いで駆け巡ったんだと思う。
言語化できない状態で、ただただ、わぁってなって。
一周廻って虚無った。
は?
え?
それから、ただただ、中身のない疑問だけを繰り返す。
「イブキ?」
声をかけられてハッとした。
俯いていたから顔を上げて見ればイーダが心配げに揺らいでいる。
漂っていた最後の粒が俺に入るのを待って声をかけたみたい。
「ごめん、爪が割れた」
言葉にできたのはそれだけで、割れた直後は痛いと思ったのに、痛みは感じなかった。
爪は縦に欠けて、三分の一程度亀裂が入ってる。
指にあのベタベタしたやつを塗るのはちょっと嫌だなぁ、などと、頭が別の事を考えてしまう。
「□%☆$×○※&■♭?」
「ん? 爪が割れた」
爪が見える様にイーダに向ける。
ついでに治して貰えば良かったな。
ちゃんと頭で考えないと魔法は使えないのだ。
当たり前っちゃ当たり前だし、不便ちゃ不便。
「%!□:○*&☆♭$?」
「大丈夫。でも引っかけると痛いかも。いったん布巻いとくからちっと待って」
カバンからハンカチを取り出そうとしたらイーダに顔を持ち上げられた。
『イブキ!』
「え? なに? どした?」
勢いに驚いたし、イーダの体はぎゅっと濃度を増して灰色がかっている。
『日本語で話をされても意味が分からない』
あれ? 俺、日本語で話してた? ってか、イーダも声に出してたのか。
カリンバの演奏は魔法に関わる事だから繋いでいなかったのだ。
中央語だったから俺には意味が分かったけれど、イーダには大丈夫しか伝わってなかったみたい。
「ごめん、ちょっと動揺してた」
で、再度演奏が途切れた理由から説明して、もう夕方から夜に変わる時間帯だから帰りながら話そうと、ウーヴェにも声をかける。
『美しかった』
ウーヴェは静かに感動していたんで、余韻もへったくれもなくなって申し訳ない。
袋詰めにして置き去りにしてきた荷物を拾いながらゴーカートに戻る。
帰りは座標が登録済みだからゴーグルに方向指示の矢印が出る様に設定してあとは走るだけ。
話と言っても聞こえた内容と、俺がわあってなってただけなんで内容は薄い。
『確かにそれだけでは分からないね。また明日にでも詳しく聞いたらどうだ?』
うん、そういう事だよね。
考えても分からない事は考えても仕方がなかった。
無意味な動揺だったね。
『いや……動揺したのなら、つまりは帰りたいのではないのか?』
帰りたい?
運転中だったからか色々と分散されて慌てずに言葉を理解できた。
会話に集中していないからこそできる技。
だがここまでだ!
「ちょーっとそれは帰ってから一人で考えていい? 考えなきゃいけなそうな事だけは分かったから」
イーダが了承してくれたので、そこからは全く別の雑談。
水の国で錬金術製の品物に需要があるかとか、農作物の話とか。
帰宅したら小人族の人たちは半分出来上がったイーダの倉庫の中で、夕食という名の酒盛り中だった。
ウーヴェに別れを告げて車に戻り、俺も夕食の準備。
米を炊こうとして爪が割れているのを思い出し、少し迷ったけど硬化剤を塗布する。
爪を剥いで付け直すとか、カリンバを弾くとか、方法が多すぎて迷うんだよな。
いつも俺の中での常識に収まってくれる方法を選んでるかも。
ついでに採取した素材を解析機に放り込む。
分離とかは明日かな。
おかずはマティルデさんが作ってくれた瓶詰でいいや。
カレーみたいにドバっとご飯の上にかけて食べる塩味のなにか。
食事はすぐに面倒になるし、必須栄養素? みたいのを計算してくれたやつなので、暇な時にまとめて複製しておかないと。
あんまりこだわりがないのは慣れもあるし、それなりに美味しいからってのもある。
食材は培養して育ててるけど、ある程度は元になる物が必要だ。畑も作った方がいいかもしれない。
果樹園みたいに地下かな?
果物も食えとか言われたけど、それこそ面倒なのでジュースにして飲み物で摂取。
その間にイーダが風呂の準備をしてくれていたので、飯を食ったら風呂に入る。
風呂から上がると、イーダはウーヴェたちと話をしてくると出かけて行った。
俺に一人の時間を作ってくれたのかもしれない。
今日着ていた服や体を拭いたタオルを洗濯機に放り込んで、早々布団にもぐりこむ。
帰りたいのかな? とは思うも、しなければならない事を自然と考えている。
それはこっちの世界での日常の話で、元の世界に戻る考え事ではない。
それなりに、意味もなく泣いたりしながら、諦めたのだ。
なんならもう中央語で生きて行かなくちゃとか思ってたし。
いざ帰れるとなったら、どうなんだろう?
取りあえず保護されて、一年間のあれこれを聞かれて、入院とか?
一回り小さな右手と、盛大に火傷の痕が残る左手。
体もいつの間にか傷だらけだ。
妄想とか洗脳あたりで片付けて隔離とかされちゃうかもしれない。
秘密結社みたいなのが出てきて人間が住める未開の地探索とかの実験体になったりして。
それこそ妄想なんだけど、なんか生き地獄っぽいよな。
俺はただ堕ちた感覚しかなかったから、ここがどこかとかいまだに分からないし。
学校はどうなんだろ?
十月まで通ってたからワンチャン三年から?
でも確実に留年はするよな?
やりたい事が無かったから進路は一応進学にしてたっけ。
大学にしろ専門学校にしろ試験に受かる気は一ミリもしない。
いっそ向こうに錬金術師試験とかあればいいのにな。
こっちとあっちの生き方がごっちゃになって、なにもかもが曖昧でいい加減だ。
勿論俺のせいなんだけど。
帰りたい? 俺は今家に居るけど。
そういや意地でも帰ってやるって方向に考えなかったな。
みんながこっちで生きて行ける様にって助けてくれたのも大きい。
帰るとなればそれはそれで力を貸してくれそうではある。
俺の安全を第一に考えてくれて、心配してくれて。
……心配?
そこで俺はようやく気が付いたのだ。
自分の事ばっかりで、自分以外の事を考えていなかった事に。
テレビ番組を思い出す。それは何年も失踪している家族を探す内容で。
泣き崩れ、疲れ切り、それでも街でチラシを配る光景が頭を過る。
ある日突然姿を消した息子を、ウチの親は一年で諦められたのだろうか?




