74 想定していなければならなかった話
「この部屋しか気が抜ける部屋がないのよ」
うんざりと項垂れるビアンカさん。王様って大変なんだな。
話し難いし俺も床に座るなら敷物がほしいけど見当たらない。
なので笑いながら手を差し出して、人の部屋なのに自分の部屋みたいにソファへご案内。
今いる部屋の入口側は応接セットと小さいキッチンがあった。
奥に大きな作業台と、片側の壁は棚になっていて素材がびっちり。
反対側は作業台と製造・複製機とかの器具が並んでいる。
突き当りに扉が三つ。防音部屋とか、倉庫とかかな?
他の錬金術師部屋もほぼ同じ造りで、すでに住み着いてしまってる錬金術師さんもいるらしい。
作業台に手をついてキョロキョロと見ている間にエルンストさんがお茶を淹れてくれた。
「ありがとう。エルンスト、倉庫から赤い布がかかった箱を二つ運んできてくれる? 手前に置いてあるわ」
急いでる? その割にはどこか嫌そうな空気。
突き当りの扉、真ん中が倉庫の様だ。
指定された箱を二つ倉庫から出し、一度扉を閉めたエルンストさんに、
「入り口から見えない位置に置いてちょうだい」
と、ビアンカさんが追加で指示を出した。
……急な来客が目にしない様に?
思わずイーダを見たら、イーダは運び出された箱に意識を持っていかれてる。
ああ、とビアンカさんが呟くみたいに言った。
「分かりますか? イーダ先生、ここから先は繋げてくれますか?」
唇を閉じるジェスチャー付き。
声に出したくない話?
珍しく勘が仕事をして、俺はとてつもなく嫌な予感を覚える。
箱は運搬用の、この世界では一般的な代物だけれど、大きめサイズのヤツ。
エルンストさんが作業台の下に並べて置いたみたいで、こちらからは見えなくなった。
『四人全員つないだ』
イーダの言葉に、ビアンカさんはこくりと頷いてお茶をひと口。
『どこから説明したらいいのかしら……』
声には出さずに、ビアンカさんは苦渋の顔。
お茶、苦いんですか?
「苦くないわよ……」
じとっと口に出すビアンカさん。
苦くないなら俺もそのまま飲みますよ、甘いの入れないで。
俺の心の声に髪をかき上げつつため息を一つ。
『やっぱりあったのよ、イブキの予備』
思わず箱がある方へ顔をむけると、エルンストさんが両手を上げて箱から一歩後退してた。
そりゃしますよね、箱の中に俺が入ってるんでしょ?
え? マジで?
箱の形状から言って土下座か三角座り?
足痺れない?
『バラしたから大丈夫よ』
俺から視線をそらして言うビアンカさん。
は? バラした?
『イブキ、落ち着いて。ビアンカさん、まずは説明を』
混乱する俺に巻き付いてイーダが間に入ってくれた。
ビアンカさんが言うには、旧王宮の錬金術師エリアを制圧した際に、何体も王族の予備があったんだって。
ケガや病気に備えて、脳は学習しない様に処置をした育つだけの体。予備。
研究用にと保存を希望した錬金術師もいたそうだけれど、処刑された王族の予備に関してはその場で処分。
王族ってか、人間で生きている人って実はいるらしくて、その人たちに関しては本人に確認。
ビアンカさんもその一人だけれど、ビアンカさんは一体だけ残して残りは処分したと言う。
何体あったの?
『私が命を扱う錬金術師であれば研究したでしょうね』
ちょっと悩ましかったのかな。
保存を希望する錬金術師の中に様子のおかしい人がいて、調べたら俺の研究をしていたんだとか。
『研究?』
『そうね。私たちと構造の違いはあるのか、取り込むべき特殊性や、発育の違いはあるのか、そんな研究。王族命令だったそうだけれど、研究を続けたくて隠していたみたい』
へぇ。
と短く声に出して返事はしたけれど、俺の頭は真っ白だった。
なにも考えられない。意味が分からない。
『研究を続けたがったなら、違いがあったんだね?』
イーダの質問に、無意識に息を飲む。
『ええ。私たちの様に上手く育たなくて、何回か失敗したそうよ』
ビアンカさんが茫然と話を聞いている俺の前まで来て手を握った。
『イブキ、落ち着いて聞いてちょうだい。この世界基準で普通の生活をしていたら、イブキが死んでしまう事が分かったの。原因はまだ分かっていないから今は回避策も分からない』
説明は続いたけれどもう頭には入って来なかった。
イーダのテレパシーを使っていたから、俺側が聞きたくないと思っちゃったせいだろう。
でも、声に出して説明されていたとしても、理解はできなかったと思う。
どこから何を考えればいいのか分からなかった。
ただ、ビアンカさんに握られた手がカタカタと震えていて、
「はは。俺、みっともないですね」
と笑ってた。
笑顔に特に意味はない。
誰に気を使ったとか、そんなんじゃなくて、笑うくらいしかできなかった。
多分、みんなが俺になにか話しかけてくれているんだろうけれど、聞こえない。
しばらくしてイーダが気が付いてくれて、俺は一度車に戻る事にした。
用意してくれた部屋では落ち着ける気がしない。
一応、声をかけてくれれば話せるんだけど、自分が喋ってないみたいな、奇妙な感覚だった。
エルンストさんに面倒だからと肩に担がれる。
歩けるんだけどな、と見渡したみんなの顔が心配色をしてたので、そのまま大人しく運ばれた。
ビアンカさんには時間がなくて、イーダが細かく話を聞いてまとめると請け負ってくれたけど。
まとめてもらっても事実の箇条書きにしか見えないと思う。
車の中まで運ばれて、また飲み物を用意してくれたエルンストさんにお礼を言って、一人にしてもらった。
こんな時、テレビとかネットとかあれば、何となく流し見て一度目を逸らせるんだけど。
本を読む気にもなれないから体でも動かそうかと、ビアンカさんと作り直したランニングマシンに乗る。
運動で解決って、長い移動で獣人さんたちに毒されたのかな。
考え事ができない速度に設定して無心で走ってたら急に膝がガクッと来て盛大に転んだ。
「ってぇ!」
反射的につかんだ手すりと後方に流れるランニングシートのせいで体が伸び切って、顔面から行きました。
うつぶせ状態だったのでゴロンと仰向けに転がり直す。
呼吸は全然整わないし、大量に汗をかいてるし、頭の中は変わらず真っ白だ。
「ゲホゲホゲホッ……ハァ、ハッ……」
やば。俺どんだけ走ってたんだ?
口の中がカラカラだった。
起き上がってエルンストさんが淹れてくれてたお茶を取ろうとして自覚する。
……なんでこんなに手が震えるんだろう?




