07 安心を買い、不安を呼ぶ
五年?
不揃いな五円玉にしか見えないから驚いた。
確か低所得者の年収って三百万以下だっけ?
だと、五かけで一千五百万円はあるの?
教科書って三千円するかしないかじゃなかったっけ?
化けすぎじゃね?
『価値は人それぞれだ』
イーダが言って、
『中央は金がないとどうにもならないからもらっておけ』
とウーヴェが後押し。
取りあえず大金だと分かったし、怖いのでカバンに入れておく。
問題があれば返せばいいんだし、預かっているって気持ちでいよう。
そうしよう。
ついでにウーヴェにもなにかないかと思ったんだけど。
教科書とノート以外は財布と筆記用具、スマホとイヤホン、ミントタブレットと折り畳み傘。
ウーヴェはいらないって言うけど。
イーダを紹介してくれたのもウーヴェなんだし、ここで別れるならなにか渡しておきたいところ。
財布にカード型のマルチツールがあるけど、ネジとか見かけなかったしなぁ。
あ。
「ペンタイプのハサミなんだけど、良かったら」
筆箱からペン型のハサミを取り出して蓋を外し、チョキチョキと動かして見せる。
『?』
ウーヴェは分からないのか上体を回しだした。
ミキサーはあるのにハサミはないのか?
前髪をちょっとつまんで切って見せると、
『ハサミか!』
と飛び跳ねた。
ハサミはあるけど大きいやつしかないみたい。高枝切りバサミ? 確かに形状が違いすぎるかも。
小さい物を切る時は小型のナイフを使うみたい。
説明から察するに、多分カッターレベルの小さいヤツかな。
『家宝にする』
そう言って大事そうにひげにしまった。
ひげって物もしまえるんだね。
茫然としている間にも時間は近づいてきて、ウーヴェとはここで別れの挨拶。
「これからどうなるかわからないけど、本当に助かった。ありがとうございました」
『気にするな。落ち着いたら遊びに来てくれ。じゃあな』
トットトットと、ウーヴェはあっさりと一緒に歩いてきた道を戻っていく。
感傷に浸る間もなく、イーダが背中を押した。
『泣かれても困る。そろそろ時間だ。出ようか』
混乱してて勝手に涙が出るだけで、俺だって驚いてるし、普段は泣かねぇわ。
***
ロープウエーの塔は入口と出口が別々に一ヵ所づつ。
入口にはまたシャチみたいな動物がいて抱き着かれながら身分証明を見せる。
イーダがいくらか払って中に入ったら、すでにできている列に並ぶ。
直立二足歩行の何かが多いのかな。
猫だったり犬だったり、トカゲ系もいる。
シルエットだけならハロウィン中の人っぽいと言えば人っぽい。
アニメに出てくる獣人とか、そんな雰囲気。
ずばり人間ですって感じの人は残念ながらいなかった。
なんか全体的にカラフルだけど。
形状は様々だけど、服を着ているのはちょっと有り難い。
『中央は種別によっては衣服の着用が義務だ』
イーダの種別は衣類の着用はしなくてもオッケー。
だけど俺の思う四足歩行系の生物には衣類って窮屈らしくて、中央に行きたがらない理由の一つだって。
それはそうかも。
四足歩行の犬猫系もいるけれど、テルテル坊主みたいに首に布を巻きつけてた。
あれならまだ動きやすいのかな。
気になるのはなんだか分からない生物。
タコっぽいのとかイカっぽいのは何足歩行なのか、足の数が分からない。もぞもぞと密集してる。
あんまり見ていると気分が悪くなるレベルの集合体。
服は着なくていいのかなぁ、と思ったら、もそもそとテルテル坊主みたいになった。
ちょっと脱いでただけっぽい。
途中で、なんだろう、サンマみたいな色をした二足歩行のなにかに声をかけられた。
職員さんかな? イーダが通訳してくれる。
『人間は人間用の個室になるそうだ。中央までは十七時間。食事と排泄はどうするか聞いている』
「十七時間! 食事も排泄もしないと死ぬ!」
びっくりして速攻で声を上げる俺に、
『ずいぶん脆弱な生物だったんだな』
とイーダが気の毒そうに言うので訂正。
「ゴメン、嘘。死なないけど辛い」
『変な嘘をつかないでくれ』
そもそも人間て単語が出たんで驚いてるんだけど。
まぁ、さっきの食事も、服とか二足歩行とか、人間ぽいもんな。
それでイーダが職員さんと話をしてくれて、まず人間用の個室は確保。
ちょっと分からなかったのはトイレ。
なんかここの人間の人ってトイレを持ち歩いているらしい。
購入可能らしいので食事と合わせて購入する。
平べったいザラザラしたクラッカー? みたいなやつと、ナッツや干した果物を固めたシリアルバーみたいなやつ。ちなみに水はイーダが魔法で出してくれるって。
トイレはただの石で、渡された時にどうしろと? とちょっと気が遠くなったんだけど、魔道具らしい。
ボタンを押すと体内の余分な物を一度石の中に移動させて、もう一度ボタンを押すとどこかへ転送されるらしい。
下水施設かな?
なんとなく恥ずかしいって感覚はあるみたい。この魔道具が必要な生物はポケットに入れたり、下着に固定したりして、こっそり使ってるんだって。
対応してくれた人がこっそりとイーダに話したのを歩きながら聞く。
その後は箱に入って? 乗って? しばらく待たされた。
エレベーターだったみたい。
箱が上に運ばれているって説明だったんでちょっと理解するまで時間がかかった。
エレベーターを降りてからも、列に続いて進む。
その内見えて来た歩くよりも遅い速度で移動し続けるどら焼き型のロープウエー。
に、乗り込んで、そのまま機内の回廊を進むと、イーダが肩を叩いてきた。
人間用の個室は中央に固まっているらしい。
二足歩行の犬猫系と一緒に分岐する。
小さな生物もまとめて部屋があるみたいで、途中まで一緒だった。
リスとかハムスターとか、そんな感じの。可愛い。
個室は俺んちの風呂サイズ。
真ん中にドーンと、ゲームセンターにあるドライブゲーム用のでっかい椅子と、扉付きの棚があるだけ。
ちょっと嫌な予感がしてきた。
建物同士を渡したロープで小屋を吊り下げた移動手段。
高い塔。
「イーダ、ひょっとしてこの乗り物って……落下する?」
『そうだな。滑らせるよりは落下の方が近いかもしれない』
ジェットコースターじゃねぇか。