06 食事と資金調達
シャチがおまけでなにか植物のくき? つる? をくれた。
それで身分証を首に下げてる間に、イーダが中央行きロープウエーの出発時間を聞いている。
決まった時間に運行してて、次の出発までは時間が開いているらしい。
礼を告げて取りあえず役所を出る。
『あれがロープウエー乗り場だ』
ウーヴェが指さした先には灰色の塔。
最近見ないけど電柱とか、実物を見た事がないけど風呂屋の煙突? を太くしたみたいな印象。
物凄く高くて、頂上は霞んで見えない。
今はまた青い惑星が大きくなっているからかな。
薄暗い空に溶け込んで擬態しているみたいだ。
街の外れにあるんだって。
『乗り場の近くで食事をしようか』
イーダがふわふわと漂い始めたので後を追う。
腹はへってるからありがたいが、はたして俺に食える物があるのだろうか。
役所は山小屋みたいなしっかりした建物だったけれど、乗り場の近くにある食堂は屋台みたいな雰囲気。
イーダの家と同じく木を柱にしているけれど、壁は左右と後ろだけで正面は全面開放。
屋根は布とか枝とかでなんとなくって感じ。わざわざ屋根があるなら雨でも降るのかな?
熱光石の小さいやつが店内に適当にぶら下がってて、明るいし暖かい。
木箱がたくさん転がっていて、ウーヴェが慣れた様子で並べ、テーブルと椅子って感じに組んでくれた。
促されるまま座って周りを見れば、馬みたいなお客さんの前には木箱が三つ縦に積まれてる。
その上に野菜みたいなのと桶に入った水が置いてあって、立ったまま食べている。
なるほど。
種族によって食事の仕方も違うからこういう方式なんだな。
端の席で犬だか狐だかを食べている熊がいて、ちょっと気が遠くなったりする。
店員は二足歩行のアザラシ。
尾びれが人間の足みたいにペタンと折れてて、俺が知ってるアザラシよりも足が長い。
なんだか分からないけど、蛍光緑みたいな色をしてる。
タシタシと木箱を叩いて、多分注文を聞いている。
『水を入れる桶を一つ』
と、イーダ。
『果実液をくれ』
と、ウーヴェ。
で、俺を見るアザラシ。
めちゃくちゃ可愛いんだが!
くりんとした目に、モヒモヒと微妙に動いている鼻。
そういえばアザラシなんてこんなに近くで見たの初めてだ。
あり得ない色と相まってゲームセンターの景品を見ている気持ちになる。
俺がガン見していたので、再び木箱をタシタシしたアザラシに、
『彼は君が可愛くて感動している』
と、イーダが通訳。
アザラシはこちらを見上げて、きゅっと俺の手を。
「痛だだだだだだだだだ」
握る力が尋常じゃない。引いても押してもびくともしなかった。
仕上げにバンと肩を叩かれて、なにか言って去って行く。
手にはくっきりと爪の痕。肩が砕けるかと思った。
『おばさんをからかわないで頂戴、先に桶と果実液を持ってくるからその間に注文を決めておきなさいよ、だそうです』
通訳が遅すぎたよ、イーダ。
なにがあるのか分からないんだけど、二人にも分からないらしい。
キョロキョロと他の客が食べている物を見るに、非加熱の素材を提供って感じなのかな?
戻って来た店員に、
「果物と野菜の硬くないヤツ」
と注文したら、
『中央の子かい? それなら中央セットがあるよ?』
と言われた。
分からないので、イーダを見たら、
『ではそれで』
と答えて、どこから出したのか、お金みたいな物を渡している。
はっとした。
「あ、俺……」
財布は持っているけれど、日本円だ。
ここで通じるとは思えない。
小銭ならワンチャン? と思ってカバンから財布を出して確認したけど、百円玉一枚と十円玉二枚と一円玉二枚。
紙幣って日本じゃなくて換金所もなければ、印刷しただけの紙だよな?
小銭を手のひらに茫然としていたら、二人は興味深く手を覗き込んでいた。
『それはなんだい?』
と聞かれたので、お金の説明をして、ここでは俺は無一文だとも説明する。
水の国にはお金がないみたい。
でも中央にはお金があって、乗り場の周りにあるお店が換金所も兼ねてるんだって。
イーダは学者だけあって地図や地形情報、鉱物なんかを売ってお金に換えてて、使い道もないから気にしなくていいと言う。
そういう訳にもと思って思いついたのが地学の教科書。
教科によっては電子端末なんだけど、これは教科書で、今日の時間割にあったんで入ってた。
カバンから引っ張り出してイーダに渡しながら、
「どっちみち中央に行ったらお金はかかるんだろ? これで少しは足しにならない?」
と聞くと、子どもは気にしなくていいんだよ、と言いながらも受け取ってくれた。
雲の姿になってしまったイーダの感情は外見からは読み取れないのだけれど、イーダにとってはとても価値があったらしい。
『全財産でも足りない!』
と、教科書の表紙を左右に広げきり、逆さまにしてすべてのページに自分を入れている。
あれで読めるんだろうか。
ウーヴェはフンフンと両手を握っては広げる動作。ちょっと意味が分からない。
『放っておけ。飯にしよう』
「あ、うん」
届いていた中央セットは、灰色とも茶色ともつかない色の薄切りパン。ハムっぽいのとチーズっぽいのがのっている。それから限りなく黒に近い青色をしたミカンみたいな食べ物と、牛乳っぽいのも付いてきた。
二足歩行の中央の人はそれを食べるよ、だって。
人間がいるのかな? 確かに何とか食べられそうだ。
でも、恐る恐る食べた俺が悪いんだけど、最初パンは無理! って思った。
酸味があってぱさぱさで硬いのだ。
ハムっぽいのはしょっぱくて詳細不明。チーズっぽいのもチーズっぽいけど、チーズなのかなこれ。あんまり味がしない。
で、腹はへってるんだし、食べられる時に食べておかなくちゃって、思い切ってかぶりついたらちゃんと美味しかった。
俺には単体で食べちゃダメ食材だったんだな。
牛乳っぽいのは入ってた木のコップ味だったけど。
青いミカンはブルーベリーの亜種みたいな感じ。これは普通に好き。
ウーヴェも美味しいらしく上機嫌。
イーダの前に置かれた桶にはウーヴェが水を入れてあげてて、いつまでたっても飲まないので、
『せっかく入れてやったんだから飲め』
と、ウーヴェがイーダの体の一部を引き裂いて桶に浸した。
え? それでいいの?
『後で読み聞かせてくれ。取りあえずの金を払おう。中央でもうひと稼ぎする』
イーダからジャラランと渡されたのは、ネックレスみたいにまとめられた穴の開いたコイン。
『中央で五年は生きていける』
ウーヴェがボソッと呟いた。