56 マイペース
あの日に起きた現象に名前はつけていない。
朝までイーダと試したり話したりしたけれど、法則とか規則は何一つ分からなかった。
ポロンポロンと金属板を弾いて音階を合わせて、またチャイムの音から再現する。
バイト先の民族楽器店にはこういう作れる楽器が多かった。
カリンバはアフリカの楽器で、親指ピアノとかハンドオルゴールとも呼ばれてる。
元々倉庫整理とか商品発送の募集を見てバイトを始めたんだけど、販売以外にワークショップも開催してたんだよね。
少しだけ手伝ってくれたら無料で参加していいよ、などと言われて、作る方と演奏する方の両方に参加した。
別のバイト仲間はアサラトって楽器のに参加してたし、また別のバイト仲間はムックリって楽器のに参加してたっけ。
思い返してみるとオーナーさんにしてやられたのかも。
錬金術と一緒だ。
沼にようこそ、ってヤツ。
こんな状況なのになんか笑えてきて顔が緩む。
誰も見てないからいいか。
手は止めずに周りを見れば、ニ、三粒の雨粒みたいのが見え始めた。
イーダから聞いた話をまとめるに、どうやら目に見えない虫みたいななにかが、群れて寄ってきているらしい。
ミジンコとか想像したんだけど、見えていないだけで蝶とかトンボとか蚊とかみたい。
そういやこっちって虫がいないんだよな。
全部の虫がそうやって目に見えない性質になったのか、単純にそれとは別で元々なのかは分からないけど。
だってイーダの目にはずっと見え続けているって言うし。
俺がめちゃくちゃ虫に囲まれて見えてたらしいから、俺としては見えなくて良かったと心から思う。
苦手でもないけど群がられるのはさすがにちょっと嫌だ。
それから音楽も。
でも昔はこっちにも音楽ってあったんだって。
似たのを聞いた覚えがあるって、イーダは思い出そうとしていたけれど、かなり昔の話みたい。
『多分、それが原因なんだろうね』
新たに集まった色とりどりの無数の雨粒みたいな小さな何かを指差して言った。
音階なのかリズムなのかは謎だけど、ウーヴェなんかは独特なテンポ感だったし、錬金術も魔法の一種ならリズム? と思って箱も叩いて試したけど無反応だった。
イーダにも金属板を弾いたり箱を叩く音にしか聞こえなくて。
結局、原理が分からないから、当時事故でも起こしたんだろうって仮説。
なら相当強烈に規制したはずで。
俺も止めといた方が安全かな? なんてちょっと残念に思ったんだけど。
イーダがイブキのは大丈夫そうだよ? と粒の一つに近づいて意思の疎通を図ってた。
中央国とそれ以外の魔法使いの、決定的な違い。
イーダやウーヴェたち妖精は、会話が成立してて魔法が使える。
中央国で人工的に作った魔法使いは、一方的に話しかける事ができるだけ。
なにか言っているのは分かるけれど、正確に意味までは分かってないんだって。
基本的に頼まれたら手伝ってくれるけれど、頼み過ぎると手伝うのを止めてしまう。
本当にゲームのマジックポイント消費みたいな現象が起こるんだな。
そう、この粒は魔法の種なのだ。
「ガコンッ」
扉が再度開かれたのは、魔法を使う者にとっては耳障りなほどこの部屋がうるさいから。
「なっ……」
グニョツヤだけ魔法が使えるのかな。
先頭に立ってたけど、すぐに動きを止めた。
今や部屋中に浮かぶ色とりどりの粒が、ゆらゆらと揺れている。
「何をしている? 止めさせろ」
後ろからおっさんに怒鳴られてグニョツヤが片手を振り上げる。
魔法の種は、発現すれば演奏が終わるまで留まって俺の役に立とうとしてくれる。
けれど、俺の意志とは無関係に演奏を止めようとした場合は、
「ドンッ! ドンッ! ドンッ!」
攻撃をする。
吹き飛んだグニョツヤを後ろに立っていた獣人が支えた所に追撃。
二人とも吹き飛んでついでにおっさんも吹き飛ばした。
あ、ドミニクいないんだな? 逃げた? 捕まってる?
汗が目に入ったんで片手で拭きつつもう片方の手は金属板を弾き続ける。
一度消えるとまた少しづつ集めないといけないから攻撃力が落ちるのだ。
ぶわっと全部の方向から風が吹いて俺の汁気が乾いた。
えー。助かる。
なんか知らんがありがとう!
ついでに消失した水分戻ったりしない?
そんな風に思えばいくつかの粒が俺にぶつかって消えて行った。
水さえあれば一ヶ月は生きるっていうし、俺はとんでもなく籠城に向いた男なのでは?
雨とか海の曲を思い出しつつ弾いてみる。
止まらなければあまり音楽として成り立っていなくても状態は維持できるので、気軽に楽しく。
ついでにケガとか治んないの?
と欲を出してはみたけれど、何らかの理由でそれは出来ないみたいで、変わりに足を冷やしてくれた。
ありがとう的な曲ってなんかあったっけな?
強引に呑気な方向へ思考を巡らせてはいるけれど、入り口付近ではバンバンとおっさんたちが頑張っている。
ちょっと怖いけど、大丈夫、大丈夫。
お迎えがくるし。
これだけ騒がしければ気が付いてくれるだろうし。
気が付いてくれなかったらどうしよう? 内心のそんな不安が伝播したのか、部屋の半数近くの粒が一斉に天井の熱光石目掛けて飛んでいった。
天井ごと高く高く上がって、空の、俺から見たら二つの丸の間で爆発する。
茫然として口を開けたまま上を見ていたのは俺だけではないはず。
それでも手は止めずに無意味にポンポン一本の金属板を弾いていたので、慌てて別の金属板も弾く。
打ち上げ花火みたいだったので、花火の曲?
俺が居た部屋の上に二階分あったみたいで、上から誰かが手を振って飛び降りて来ようとしている。
まだ入り口で座り込んでいる三人には意識があるからそれだと困るかも。
あ、イーダが止めに入った。
そのままイーダが下りてくる。
粒粒に囲まれちゃった! 大丈夫か?
ゆっくり降りては来てるから話でもしてるのかな?
粒粒と話が付いたのかイーダはそのまま無事に俺の横まで降りてきた。
他に言いたい事があるのに粒粒にせっつかれているのか、困惑した感じでイーダが言った。
『彼らが、ケガは治せるしすぐに治してあげたいけれど、とても痛いと思うって言っているけれど? あ、痛み止めはマックスに言われて持ってきてるよ』
ああ、そういう?
「あっちの三人が片付いたらぜひ。あ、先に薬は飲みたい!」
このまま帰ったら先生にダイアンさんの足を付けられちゃいそうだしね。




