55 先生はいつも家に居る
あまりの痛さに背中を丸めて縮こまる。
獣人の方に拘束を解かれてすぐに左の足首を折られた。
骨の折れる音が体の中からと外からと、両方から聞こえた気がする。
思わず上げた絶叫は気が付けば止まっていた。
自分の意志でどうのとかじゃなくて、本能的に出たんだと思う。
ぶわりと全身に汗が噴き出した。
震える手で何とかスマホコッチ版の電源を入れる。
おっさんとドミニクがなにか話をしているけれど、聞き取る余裕もなかった。
「……んなんで……話とか…………できません、よ?」
少しでも足が動くと激痛が走るので、そのままの体勢で何とか声をだす。
翻訳機は無事に起動していた様で、首輪のスピーカーから中央語に翻訳された音声が流れた。
大きな声を出す必要がないだけまだマシだ。
「そうだろうな。落ち着いた頃にまた来よう」
「落ち着か……ねぇよ……痛み止めとか……」
「薬を渡しても構わないがそれなら反対の足も折らせてもらう。次に来る時までに返事を考えておけ」
そう言って、ゆっくりと扉が閉まる音がした。
しばらくは痛すぎて息を吸うのもやっとだったけど、それはショックも含んでたんだと思う。
少しずつ痛さ以外も頭に入ってきて、なんとかしなくちゃ、と、ゆっくり体を起こす。
ただただ痛いんだけど、このまま転がってたって痛いだけだから、頑張った。
足は向いちゃいけない方向を向いていて、折れているというよりも絞ったみたいになっている。
痛いはずだ。
そして俺の足は雑巾ではない。
勝手に涙は出てくるし、あまりの状態に気持ち悪くなってきた。
俺は先生のところで足の設計図を見ているから知っている。
きっと神経が当たってるから物凄く痛いのだ。
血管も傷ついていると思う。
赤黒く変色しはじめているし、本格的に腫れてきたら熱も出てそれこそどうにもならなくなる。
泣きながら部屋の角まで移動して寄りかかり、足を正常な角度に戻す。
激痛で目の前がチカチカして、多分ちょっと気絶したと思う。
作業エプロンの中に入ってた彫刻刀っぽい器具でポンチョを切り裂く。
同じく作業エプロンに入ってた定規を靴の踵に差し込んで、靴ごとグルグル巻きにした。
固定された安心感と、患部が視界に入らないってだけで、いくらか気分は楽になる。
足首に心臓があるみたいなドクドクした痛みは変わらんけど。
自分の汗でずぶ濡れだし、呼吸も整わないからかなり消耗した。
ちょっとだけ目を瞑って、深呼吸。
をしてたらさっきのおっさんの言い草に腹が立って来た。
このまま放置して気持ちを折りたかったんだと思うけど、痛いだけで気持ちが折れるとかは全然ないよ?
だって考える余裕がないんだし。
痛いのと、なんとかしなくちゃって思うだけで精いっぱいだった。
あいつ馬鹿じゃねぇの?
交渉とかするほど頭よくないし、こっちはただの高校生だからな?
そういやドミニクどうしたかな?
殺されてないといいけど。
悪びれた様子もなかったし、たいして考えずに行動したんだろう。
もともと全身タイツ部隊の活動内容に時どきシラケちゃう様なヤツだし。
次に会ったらぶん殴ろう。
さて。
作業エプロンから、固定メール改を取り出す。
なにせペンタイプの懐中電灯型未登録試作品。
見たってこれがなんだかは分からないだろう。
ゴーグルを装着して先生の家から現在地までの座標を確認する。
「イブキです。第一王子に捕まって足の骨を折られて監禁されてます。座標は……」
いつもより時間がかかったけれど無事に返信が来た。
『マクシミリアンだ。ビアンカ嬢とは連絡が取れない。イーダが全身タイツ部隊に応援を要請しに行った。……ドミニクか?』
全身タイツ部隊って言葉に俺はまたちょっと笑って、翻訳の訂正をしてなくて良かったな、と思う。
「そうです。多分今はドミニクも捕まってると思います。殺されてないといいんだけど、分かりません。翻訳機切ってたし、痛すぎて見てませんでした」
言葉にすると俺の情けなさが際立つな。
『了解した。どんな場所だか分かるか?』
「ええと、寝てる間に連れて来られたんで、俺が居る部屋しか分かりません。四角い部屋で、サイズ的には俺が借りてる部屋より少し広いくらいかな……天井に熱光石があって明るいです。先生の家よりは天井が高いけど、二階までは高くないです。そういや今何時ですか? 腹減ってないんで昼は回ってないと思ってたんですけど」
もうなにか食べたいとか思えない状態だけれども。
『いや、もう十五時になる。部屋からは出られないのか?』
「外側から壁の一部を手前に引っ張って、それから横にスライドさせるタイプの扉なんです。中から開けるとっかかりがないです。あ、そうでした! 第一王子は人間ぽい獣人と、グニョツヤっとした獣人の三人組でした」
俺が持ってる情報はこれだけだった。
もうちょっと色々聞きださないといけなかったんだな。
『どうして骨を折ったんだ?』
「あー、手足拘束されてたんで、翻訳機起動するのに外してくれって言ったんです。そうしたら外す代わりに折られました。痛み止めくれって言ったらそれならもう一本折るって言われて、現在放置中です。目から勝手に汁が出てますよ、俺」
俺の声が鼻声だろうが掠れていようが、翻訳機と固定メール改を通しているから声色は分からないのだ。
なんだか分からないけど汗が凄いし、ちょっと手とか震えだしたので痛いんですを主張しておく。
『了解した。痛み止めを持って出る様に伝える。……ああ、足ならダイアンの足が出来上がっているから心配はいらないよ。頑張れそうかい?』
ダイアンさんの足って。
「はは。その足はダイアンさんが待ってるんで、ダイアンさんに付けてあげてください。帰ったら自分のは自分で培養するんで。俺が、無事にこの場所にいるだけなら、全然大丈夫なんで、お迎え待ってますね」
『もう無事ではないと思うけれどね。今回は多少の無理も仕方がない。私は家で待っているよ。気を付けて帰っておいで』
いつも無理はするなと口を酸っぱくしてる先生からの許可も出た事だし、ちょっと頑張って無理しますかね。
痛みを堪えつつ体勢を整えて、俺はポケットからカリンバを取り出した。




