54:産まれた時から(ドミニク視点)
私が産まれたのは透明な筒の中。
両親とはあまり似ていない。
複数種別の遺伝子を持つ両親からは鳥類の遺伝子が強く出たと言われて育った。
容姿だけではなく、見えている世界も両親とは違うと気が付いたのは三歳の時。
当時父の仕事先だった果樹園で、私が美味しいと思う果物は赤色ばかりだった。
だから、赤色の食べ物はすべて美味しいの? と質問した私に、両親は黙って私の首をなでた。
両親には黒も赤も区別がつかなかったのだ。
衝撃的ではあったが、両親からの愛情も感じていたし、同じ境遇の友だちも多い。
悩ましく思ったのは一瞬で、私は単純に両親が見る世界に興味を持った。
父さんにはあれがどう見えるの?
母さんはこれとこれだったらどっちが綺麗に見える?
そんな質問を繰り返す私を、両親は不憫に思っていたらしい。
母が反政府組織の会合に参加を始めたきっかけの一つだと言っていた。
国外では親子は同じ種別として生まれ、同じ世界を見て、同じ食事をするのだ。
それが本来あるべき姿と教わったけれど、どうしても理解ができなかった。
そもそも国外では魔法が使える事が前提で生活をしている。
国内に数名いる魔法使いは王宮勤めばかりで圧倒的強さを誇っていた。
同じ様に生きて行けるとは到底思えなかったのだ。
やがて父が反政府組織に所属を決めた。
母が王族への示威運動で殺された日だ。
怒りに染まる父が信じられなかった。
会合に参加しているだけでも殺される可能性はあったのだ。
止めなかったのだから父が殺したも同然ではないか。
思いは一度も口にはしていない。行動にも出さなかったと思う。
ただ、私を、母の死のきっかけの一つに入れないでほしかった。
産まれた時からそうなのだから、私にはそれが当たり前で、不憫に思うのは両親の気持ちの問題だ。
私は不憫ではないけれど、不憫に思われてしまう私はやっぱり不憫なのかもしれない。
その気付きは私をとてもみじめにさせた。
組織内で活躍する父に頼まれ、着替えや食事を届け、果樹園の果物を差し入れるうち、私も組織の仲間と思われていった。
特別な手続きがあるわけでもないのだから、そう思われるのも仕方がない。
父は実績を積んでいるが、私は遠征には参加せず、時折会合に参加する程度で特に発言もしなかった。
そんな状態でも父の功績で私への信頼まで高まるのだからとても気味が悪い。
ただ、嫌われて生きているよりは好かれて生きている方がよいとは思う。
だから拒絶はしない。
「王族以外の人間?」
「ああ。迷い人の童話は知っているだろう? ビアンカ様が保護して今は錬金術師の家に居る」
年も近いし、時どき様子を見たり、息抜きに連れ出したりしてくれないかと頼まれたのだ。
要するに友だち付き合いをしろ、そういう仕事だと私は理解する。
実際に会ったイブキは面白い人間で、今まで組織内で聞いてきた人間像とは異なった。
ビアンカ様以外の人間を、見たり接した経験もない。
ビアンカ様はそれなりに偉そうな人間だったので、イブキには驚いた。
動作が遅いからか落ち着いた印象で、偉ぶる素振りはいっさいない。
なんだか弱々しく、なにか行動する前には心配そうに周囲をうかがう。
小動物みたいだった。
大丈夫か? と心配して声をかければ、笑いながら、大丈夫、大丈夫、と、分かりきった嘘を吐く。
「こちらは色の種類が多くて、音の種類も多くて、うるさくて目が眩しいです」
とか、どうでもよい発言が多く、会話に内容がない。
分かっているのかいないのか、返事は曖昧でスッキリしない場合が多い。
けれどヘルメットを冠っている時は急に頭が良くなった様な発言になるので慣れるまでは困惑した。
錬金術師として仕事をしている時は、意味の分からない言葉を発している場合が多い。
視線は動かず、声をかけても無視をされる。
集中してしまうせいかあまり周囲の目などは気にならない様だった。
吹き飛んだり、ずぶ濡れになりながら、何度も素材に向き合う姿は少しだけ羨ましくもあった。
私は果樹園の仕事にそんな風に真摯に向き合った事はない。
いずれにしてもイブキはあらゆる意味でとても不安定な生物に見えた。
「ねえ、ドミニク。この前来た錬金術師って連れ出せない?」
ふと、果樹園で仕事仲間に聞かれた。
「連れ出せるよ? なんで? 惚れちゃった?」
「それはないけれど」
こちらを見上げる彼女が急に可愛らしく見えて、ああ、とうとう発情期が来たのかもしれないと頭の片隅で思う。そろそろ精子を保管して去勢手術を受けないといけない。私は遅い方で仲間の半数以上はすでに手術を受けているのだ。
「本当にこのまま王国がなくなっても問題ないと思う?」
私は今の世の中に不満はなく、今は反政府組織のせいで自由が減り、物資が減った。
彼女には頻繁にそんな愚痴を零していた。
「さぁ? どうだろ?」
イブキを思い浮かべていたのでイブキみたいな返事をする。
そうしてそのまま流されるまま話をして、最後には睡眠薬を握らされた。
「ありがとう」
彼女は髪を揺らして抱き着いて、告げた決行日は翌日で、考える時間も悩む時間もなく、私は実行するしかなかった。
受け取ってしまった。
危害は加えないからと聞いた。
第一王子は話が分かる人間だと噂も聞いていた。
話をしたいだけだからと、両手を握って。
考えられずにただ頷いた。
「これはなにですか? 複雑な味覚」
イブキは疑う事もなく口に入れた。
「味が分からないんだな」
「黙れ」
イブキはすぐに眠りに落ちた。
車を走らせて待ち合わせ場所に到着すればとても歓迎される。
彼女がまた両手を握って可愛らしく口を開けて髪を揺らした。
第一王子は穏やかで優しい人で。
彼女に丁寧にお礼を言い、好きな物を買って私からの贈り物だと家族に話す様にと現金を渡す。
私の不在証明にもなるからと言われて感心した。
暴れてケガをすると危ないからと、イブキの手足を拘束した時は驚いた。
けれど確かにイブキの脆弱さを思えば納得できた。
イブキを怒らせてはしまったけれど、なんの問題もないだろう。
そう思っていた。
「……拘束は解くが逃げられては困る」
逃げる理由も余地もないのでは? と考えている間に、従者の一人がイブキに近づいて拘束を解き、そのまま足首を掴んで折った。
躊躇もなにもなかった。
「ゴキッ」
骨の折れる音が聞こえて、一呼吸後に響いたイブキの絶叫に、ああ、間違えたんだと思った。
「私は逃げませんのでご心配でしたら監禁してください」
保身に走る事しかできなかった。




