51 昔話は作業中の愚痴として
ご褒美と感じたのだから、俺の中にもなにかがあったのだ。
あるいは現金なヤツと言われたらそうなのだろう。
錬金術師の勉強やちょっとした仕事がこれまでより順調に進み始めた。
「培養液を納品して、廃棄分は回収手配でいいんですよね?」
「ああ、お願いするよ。午後はビアンカ嬢のところに行くのだろう?」
「はい。なんか水ポンプ作ってくれって言うんですけど、俺こっち戻ってきた方が良ければ材料だけもらって来ますけど?」
「いや、問題ない。イブキが管理している培養液はどうなっている?」
「昨日朝と夜の二回変えて夜に変えるタイミングにずらしたんで帰宅してからで大丈夫です」
「行動予定から調整するのはよい判断だと思う。けれど慣れ始めが一番危ないから気を付けなさい」
先生は釘を刺すのも忘れない。
最近の移動はもっぱらゴーカートみたいなヤツ。
錬金術の仕事の対価に廃棄寸前のヤツを貰って直した。
迎えに来てくれたポンプ車みたいのに培養液を積んで、車の後を追って現場へ。
培養速度とか薬液の濁り具合とかを確認。
それから廃棄予定の薬液をバケツ一杯分回収して先生の工房に運んでもらう手配。
分析してよりよい培養液の研究をするんだって。
ついでにちょっとした仕事を頼まれる事が多い。
考えてみたらビアンカさんはエルンストさんが配達だし、先生は取りに来てもらう。
だから現場に錬金術師が来るのは珍しいのかも。
拭き掃除に特化した掃除機の調子が悪いからと聞かれたんだけど、これは分からなかった。
一瞬先生に電話、と思ったんだけど、用途的にビアンカさんかな?
その時々でどちらかに連絡を入れて、俺にできれば作業をするし、持ち帰ったり、別日に新品の納品をしたりする。
今日のは簡単な作業だったので机をお借りしてサクッと。
「ついでで頼んでごめんなさいねぇ」
と、掃除機の体液で黄緑色に染まった俺の手を見て申し訳なさそうに声をかけてきた。
作業中だったんでゴーグルを上げてるからびっくりされたけど、騒がずに飲み込んでくれたのはありがたい。
どんだけ人間嫌われてんだよ、と思ったんだけど、別の理由でびっくりされてた事が判明。
「無毛種の猿っているんですね!」
だって。
無毛種の犬猫とか普通にいたんだけど、こっちにはいないのかな?
「あ、俺、人間なんですよ。堕ちて来ちゃって」
毛、生えてるんです。
「え? そうなの? それは……大変ねぇ。頑張ってね?」
などと慰められた。
なんだかな。
でも嫌われるとかそういう感じじゃないからいいかな。
「……って事がありまして……」
ビアンカさんの工房でそんな話をしながら作業中。
「あら。マティルデが居れば喜んだでしょうに、残念ね」
喜ぶって同類種って意味で?
今日はマティルデさんが外出中でエルンストさんがお手伝い。
細かい作業中のビアンカさんはかけていた面白眼鏡みたいのを外しながらふうっと一息。
コンタクトタイプじゃない顕微鏡眼鏡があるんですね。
俺もそれが良かったな。後で聞いてみよう。
「実際に平民層が人間を見る機会は少ないのよ。だからよく分からないのではないかしら?」
ああ、それはそうか。
イーダも学者先生だし、錬金術師も登録商標だか著作権だかの登録があるから普通に人間を認識している。
塔の職員もそもそも管理が王族だから把握はしてたんだな。
絶滅危惧種みたいな感じかな?
元の世界だとテレビとか授業とかで写真を見たりできたから知ってたりはする。
それだって実際に目にしたら思ってたのと違ったりもあるし。
色が違うだけでも印象って変わるんだよな。と思ってふと気になった。
「ビアンカさんの知ってる人間て何色の髪の毛なんですか?」
「私と同じ金髪が大半ね。少しグレーがかった人と、白髪に近い色合いの人もいるけれど」
へぇ。
「じゃ、俺の髪色って珍しいとか思いませんでした?」
「思ったわ。けれど人間のその色を見た時がないだけで、黒毛の人なんてそれなりにいるでしょう? あまり気にならなかったわね」
肩をクルクルと回して、ビアンカさんは俺の手元を覗き込んで、順調ね、なんて言って、窓の外を見始めた。
目が疲れたとかの、ちょっとした休憩かな?
「私の、錬金術の師匠の毛も黒かったし」
「へぇ。どんな人だったんです?」
なんとなく見てはいけないような気がして、手元から視線はそらさずに聞く。
「見た目? エルンストをシュっとした感じかしら? 瞳もエルンストの右目と同じか、もう少し淡い金色」
チラッと視線を向けてしまったエルンストさんは左目を瞑ってウインク。
琥珀色に近い金だから、もう少し赤みが少ない感じなのかな?
シュっとしてるってのはもう少し人間よりって事だろうか?
エルンストさんはゴリマッチョタイプだから細マッチョタイプ?
マッチョである必要はないか。
「自分が作ったからか、エルンストもマティルデも親として物凄く可愛がるのよ。お邪魔した時に私より二人を歓迎するのも気に入らなかったし、私には親がいないから関係性も羨ましくてね」
「え? 親御さん亡くなってるんですか?」
反射的に聞いてしまって、手の甲で慌てて口を押える。
ビアンカさんは振り返って笑って言った。
「より優秀に、よ。精子と卵子の提供者は居るけれど、もう亡くなっていたわ。私を育てたのは教育係」
そこに悲しさなんかは含まれてはいないけれど、寂しそうな笑顔だった。
「子供だったのよ。国で一番偉い一族の子どもだって言われて育ったし、なんでも我儘が通るし、優先されると思ってた。ご挨拶のためにお邪魔したのだけれど、私が二人を使ってやるのだからありがたく思いなさい、なんて気持ちだったの」
荒ぶるお姫様ビアンカさんに、細々とした錬金術をたくさん見せてくれたんだって。
怒ってるから嵐かな? とか、泣いているから雨かな? とか、そんな感じで。
設計図の上で起こる現象に、ビアンカさんは興味を引かれて通い始めた。
「面倒見のよい人でね。嫌な顔一つせずに少しづつ教えてくれたのよ」
教育係の教え方とまるで違う自身の扱いも心地が良かった。
そしてある程度の錬金術が身につき、自分で開発ができる様になった頃。
「王家の一族を増やしたかったのね。分家を作るから結婚しなさいと言われて断ったの。錬金術師になるからって。まさかそれだけで師匠が殺されるなんて思いもよらなかったわ」
ビアンカさんがさらりと言った。
「そこからは徹底抗戦よ。絶対に許さないって決めているの」
めっちゃ私怨で国を滅ぼそうとしてんすね? とは思ったけど、それと同時に、俺でもそうなっちゃうかも、とも思った。




