44 慣れない
結局先生は昼過ぎまで作業をしてた。
途中で短い休憩は取っていたけれど、物凄い体力と集中力。
見習わなくちゃ、なんて尊敬の眼差しを向けてたらふらふら近づいてきてそのままなんでか俺の太ももを枕に爆睡したけど。
新種の拷問かなんかだろうか。
身じろぎされて俺も横にならざるを得ない体勢に追い込まれる。
俺はそこそこ休憩してたんで眠くないんですが?
『イブキもしっかり休養をとるべきだ』
イーダはそんな事を言って、ビアンカさんとマティルデさんと一緒にビアンカさん家に行っちゃった。
ついでにヘルメットも持ってかれたので、話したり勉強したりもできない。
酷い。
強制休養再び。
仕方ないんだけどさ。
接合部分の神経とかをピンセットで引っ張り出してるのを視界に入れてしゃがみ込んだり。
寝ぼけたビアンカさんがパンイチで作業部屋を覗いて机に頭を打ち付けたり。
しかもそれを気にしているのが俺だけって事実に羞恥で壁にも頭を打ち付けたり。
血管縫合かなんかの時に飛び散った血が頬っぺたに付着してもどしたり。
拒絶反応で暴れ出したエルンストさんの蹴りが背中にヒットして吹っ飛んで鼻血吹いたり。
またうっかり薬切れで足元がふら付いたり。
ダイアンさん用に急遽骨を作るってなって、形が分からないなら実物を確認しろと言われて泣いたり。
飯食ってる時に寝落ちして皿に顔を突っ込んだり。
あと普通にコケたり、器具を手に刺したりもしたっけ。
なんか思い出してみると我ながら散々かも。
絶望的な気持ちになりつつ、拙い中央語でその辺にいる隊員さんに助けを求めてみる。
「すみません、どかしてくれませんか?」
「え? 無理」
音速で返事がきた。
どうにも分かってもらえないんだけど、なんにもしてない方が精神的にヤバいんだってば。
取り乱すのも恥ずかしいので、頑張って先生を持ち上げて抱きかかえてみたら反応がなかった。
最初からこうしてればよかった……。
でもそこそこ重いのでずっと抱えっぱなしとかは厳しい。
おんぶ紐とかあればイケんのかな?
作業部屋の方へ行って、お医者さんに休んでいなさいと叱られつつ、適当に座る。
頑張らないと言っている内容が理解できないので、スルースキルは爆上がり中だ。
お小言が右から左へ抜けていく。
エルンストさんはもう落ち着いていて、多分この世界の鉄アレイっぽい物をぶん回していた。
「イブキ? 大丈夫なのか?」
俺が心配する方だと思うんだけど? 獣人、回復早すぎねぇ? 解せない。
ダイアンさんは今は寝てて、日が落ちてからエルンストさんと一緒に拠点に移動するらしい。
ビアンカさんが帰る時に教えてくれたんだけど、血液型とかじゃなくて、種族特性で拒絶反応が出るかもしれないんだって。二人ともまだ油断はできないらしい。
でも元気そうだけどね。
ただ、言い方は悪いけど、二人とも不自然な体つきになってしまった。
動いたりするのも大変そう。
このまま馴染むまで頑張るのかな?
「ッガ」
先生の、これは寝言なのかな? ビクッとしたんで、俺もビクッてなった。
コアラとかナマケモノとか抱っこしてる気分になる。喋んなきゃ見た目は可愛いんだよな、先生。
それでも、やっぱり凄い先生なんだけど。
机の上に散乱している設計図を視界に入れてため息を吐く。
言葉の壁もあるけれど、俺には一から設計図を書けるほどの理解はない。
パソコンの組み立てみたいな感じかな。
パーツを買って来ればパソコンは組み立て可能だけど、一個ずつパーツを作れと言われると無理。
細かい設計図を部分毎に習う度に記録し、それを呼び出して書き写してるだけなのだ。
何も見ずに書いてしまう先生やビアンカさんとは頭の出来が違う。悪い意味で。
使っている内に覚えるとは言われたけど、それは理解じゃなくて丸覚えの方じゃん?
あ、でも、一応、いくつかちゃんと覚えてる部分はあるから、身にはなってるのか?
「っぐほっ!」
先生が唐突に起きて鳩尾に後頭部を当ててきたので思考が中断した。
痛い!
「びっくりした!」
いや、俺のがびっくりしてますけど?
小さな体のどこにそんなパワーが?
衝撃にうずくまったけど、先生を落とさなかった俺を褒めて頂きたい。
ゴメンゴメンと、謝りながら、多分状況を把握。
トタトタとエルンストさんたちの方へ行くので、もう仕事モードに入ったんだろう。
エルンストさんの腕の可動域とかを確認? しつつお医者さんと話をしてる
専門用語が多くて分からない。
暇なので机に転がっていた素材を適当に触りながら、分かるヤツは棚に戻し片付ける。
あ、この設計図見た事ないやつだ。なんだろ?
装備なしだと部分的にしか分からないので、何となく勘も交えて読んでいく。
熱光石を使うんなら暖かいか光るか?
先生は生物系だから孵化とかにも使うんだったっけ?
そういえばシュテファンさんは、普通に歩いて他の隊員さんと拠点に戻った。
一応あれで生まれたての状態って話なんで驚いた。
たしかに足が震えてる時に生まれたての小鹿とかって表現するし、まぁ立てるもんなんだろう。
でも内臓的にご飯はミルクオンリーで、不服そうな顔で飲まされてた。
かなり可愛くて、戯れられなかったのが残念。
でも中身はおじさんよ? とはビアンカさんの言。
こっちは良くても向こうは嫌だろうな。
「……イブキ!」
先生が何回か話しかけてたみたいで、一段声を大きくされて気が付いた。
培養液がどうのとか言っているので、授業の話かな?
もう少し右手が言う事聞く様になってからって話だったけど、培養自体は昨日できた。必要量の培養には時間がかかるから、着手してもいいのかもしれない。
「先生に合わせます」
俺に予定とかはないし。
「私に合わせ……待ちなさい。理解してないな?」
どうやら話が食い違ってたらしい。
先生はビアンカさんの家に電話をかけてイーダを呼び戻した。
やっぱり電話、便利だな。
なんて思ったんだけど、隊員に迎いに行かせれば済む、とにべもなく。
家が近いからそう思うだけで、遠ければ便利ですよ、と俺はちょっと拗ねつつ返した。
で、戻って来たイーダと一緒に改めて話を聞く。
『エルンストもダイアンも肉を培養して新しく手を作って付け直す。イブキが自分の手を作り直さないならこちらを手伝いなさい』
それはいいけど、え? もう一回切り落として付けるの?
想像してサァっと血の気が引いた俺は机に頭をぶつけるのだった。




