42 止まっても非難はされないけれど
全部出し切って顔を洗ったけれどスッキリはしなかった。
久しぶりの水色フラッシュバック。
目を瞑ると思い浮かぶし、寝たら悪夢にうなされそう。
『イブキ? 大丈夫か?』
作業部屋からイーダが移動してきた。
「だ、大丈夫」
全然大丈夫くないけど。
『変な嘘をつかないでくれ。私も少し休憩をするよ。加湿器を稼働させてくれるかい?』
言われて気が付いた。
いつもよりイーダが小さい。
駄目だな、俺。
自分の事ですぐにいっぱいいっぱいになっちゃって。
先生の家の生活道具関係はビアンカさんの家の物とちょっと違う。
たとえばロボット掃除機にはアメンボ要素がなくてそのままナメクジだ。俺のせいでもあるんだけど、いつもよりゴミが多いから丸々として稼働中である。
加湿器もイーダ専用で鯨みたいな形。
付属の水転送機に火石を入れ、使用するたびに錬成をしないと稼働しない。イーダは発火系の素材を触るとバチバチして痛いんだって。だから俺が居る時は俺が稼働担当。
てっぺんにある噴き出し口から綿あめみたいな雲が排出されるのを確認して、イーダにどうぞと場所を譲る。
『いつもありがとう。はぁ……生き返るね……』
吹き出し口に覆い被さるイーダに、何がどうなっているのかを聞いてみた。
勇気がいる質問だったけれど、しないと落ち着かないしね。
今、どんな感じ? って。
俺はちょっと勘違いをしていたのだけれど、そもそも隕石を取りに行く行為が命がけの所業らしかった。
堕ちてきたら当然死ぬし、隕石によってはイーダみたいにバチバチして痛いとかもある。
だから塔から安全に投網漁みたいに隕石を取るのが一番安全。
隕石がないと、魔法が使えない人々の生活は成りたたない。
水も、火も、隕石の素材をなにかに組み込んで使用しているからだ。
雨はたまに降るけれど、雨量としてはそれほどでもない。
火はそもそも獣人には不向きなんだと思う。ヘタすると飛び火で体毛が燃えたりするし。
そして隕石漁をする人は管理され、使用量をごまかせない仕組みができている。
だからなんらかの理由で塔が利用できなくなると、落ちてるのを取りに行くしかない。
『隕石の落下地点は木や山が消失するからね。見通しがいいんだよ』
国側にもすぐに見つかってしまうし、別の団体と取り合いになったりとかもするんだって。
で、そんな貴重な素材を車に積んで、狙撃とか地雷とかと戦いながら戻って来たんだけれど、戦況は思わしくなかった。
三人の隊員さんが亡くなり、エルンストさんとダイアンさんもすでに負傷。
だから隊員さん一人と車、持ち運べない素材を犠牲にしたんだって。
イーダが迂回路を伝えに行ったからね。みんな迷いはなかったらしい。
持てるだけ持った素材の残りを、シュテファンさんは飲み込めるだけ飲み込んだ。
そしてエルンストさんとダイアンさんの、潰れたり穴の開いた体を見ながら言ったんだって。
『彼は、”両手両足は使ってくれ。来世では甘やかしてくれると嬉しい”、そう言って先頭を走った』
宣言通りシュテファンさんの両手両足は二人の為にビアンカさんが調整中。
シュテファンさんはなんとか生きている状態で素材に錬金成功。
先生が現在再構築中らしい。
イーダも、俺の時みたいに血液をかき集めたり不純物を除去したりと大活躍だったみたい。
俺だけが何もできない罪悪感がある。
この世界で、この人たちにはそれが最善なんだろう。
けれど、と。思ってしまうのだ。
素材を取り出して、体は治せたかもしれないのに。
たとえ記憶や知識が引き継がれたとしても、諦めていい理由になんてならないのに。
生きているのに手足を切り取るなんて、と。
それを容認した人たちへの嫌悪とか、できる事を迷いなく進める対応力への尊敬とか、感情はぐちゃぐちゃだ。どう整理をつけていいのか分からなかった。
そもそもライフラインを独占する国ってどうなんだろ?
少なくとも俺のいた世界ではそんな理不尽は通らない。はず。
俺の親とか、学校の先生とか、こういう時はなんて言ってたっけ。
確か。
『イブキは無理をしなくていい』
噴き出し口から排出される雲の上を転がりながらイーダが言った。
そう。
無理はしなくていいって、それから。
「できる事をやったらいいんだよな?」
そう教わった。
できない事は相談して、誰かに頼れって。
俺はそのまま作業部屋の扉を開き、中を見ない様に声をかける。
「すんません! 匂いと血がダメみたいで中で作業無理です。別部屋でやれる作業があればやります!」
先生がこちらを見ずにダン、と机を蹴った。
先生はいつも机の上で作業をするのだ。
『シュテファンの手足はエルンストには細く、ダイアンには太い。繋ぎが欲しいから少量でも本人の肉を培養したい。培養液の作り方は?』
自分用の辞書に反映をしているから確認はできる。
けど、作業中にゴーグルを着用したらだめだって教わってるから返答はこうだ。
「書き写して見ながらであれば可能です!」
『材料が取りに入れないのはどうするつもりだ?』
「今後の課題にするので今日のところはどなたかに手伝ってもらいたいです!」
『保護者、どうする?』
『…………………………イブキが作業した方が早いのであれば許可します。マティルデ』
返事、タメたなぁ。
作業内容的にビアンカさんの方を見るのが怖いのでどういうタメかは分からんけど。
俺が情けない気持ちになるんで、作業中だからのタメであってほしい。
『だそうだ。材料を揃えるだけでも私には時間短縮になる。安心して失敗するといい』
そう言って先生は、必要な数量と容器の場所を伝えてきた。
俺はゴーグルに制作情報を映し出して、マティルデさんに素材を伝える。
素材を揃えて貰っている間に手順を書き写し、以前作成した電卓で必要数を計算。
右手は思い通りには動かないけど、俺が読めればいいのでスピード重視で書きなぐる。
イーダもいるしヘルメットごと外しても問題ないだろう。
やっぱりイヤフォンタイプの翻訳機も作っておこうかな。
一瞬浮かんだ今考えなくていい事を頭の片隅に追いやりながら、自分の薬も飲んでおく。
できる限り使う順番に並べて貰った素材や器具を確認して深呼吸。
少しだけ震えている手を机に押し付けてから握り込んだ。
よし、始めよう。




