41 イーダは普通に繋ぎ続けている
俺、高橋伊吹は平凡な日本の男子高校生である。
医学を志してもいないし、両親が医師や看護師でもなく、寝たきりの家族もいない。
頻繁に鼻血を噴き出す同級生もいなければ、ケガをするおっちょこちょいな彼女もいない。
お化け屋敷やゾンビ映画は割と笑って見れる方だ。
けど、スプラッタホラーになると、見た日の夜に夢見て飛び起きちゃったりする程度には苦手。
今まで考えてもみなかったんだけど、どうやら血を見るのは不得意らしい。
加えて。
医学を志していても、初めての手術実習で倒れたり、吐いたりする話は漫画とドラマで見た事がある。
つまり、そういうの覚悟しててもそうなっちゃう現場あるあるみたいな話なんだよね?
『ちょ、イブキ? 今! 今は倒れないで!』
『危ないから取りあえずしゃがみなさい!』
『誰かそいつを運び出せ!』
と、言う訳で、現在マクシミリアン先生の家の、前回同様休憩用に提供していただいた部屋の片隅で絶賛嘔吐中です。
話は日付が変わる頃に遡る。
その時間帯と明け方にイーダから二度連絡があった。
詳しく書ける状況ではなかったらしく、簡潔に書かれた内容がとても心臓に悪かった。
一度目は、”敵・味方ともに死傷者有。国外側に迂回路を知らせるため本隊と合流する”。
本隊とはエルンストさんたちだ。
現場の混乱がうかがえるけれど、迂回路を知らせるとあるのだから、帰路には目途が立ったのだろう。
その場にいたそれぞれがお互いに励ましあった。
二度目は、”本隊と合流。移動機大破。重症二名。その他軽傷。受け入れ準備を求む”。
慌ただしく確認に走った全身タイツ部隊の人を見送り、追加で薬や手当に使えそうな物資を箱詰めする。
一段落付いたところで仮眠。いつ連絡が来てもいい様に交代制。
移動機大破って事はこちらから迎えにいかないかぎり徒歩だ。
気持ちは落ち着かないけれど時間はかかるんじゃないかと予測。
だから眠れる時に寝ておくべきって話になったのだ。
いつでも外出可能な服装でソファで横になる。
結局昼過ぎまではなんの連絡も入らなくて、最初の連絡は全身タイツ部隊からの状況報告。
国外側からダミーの部隊が自爆して現場を混乱させたそうだ。
爆発する素材を積んだ車で国境の国営部隊に突っ込んだんだって。
イーダの一度目と二度目の連絡が合体した状況?
みんななにかを話しているけれど、俺は自爆って自爆だよな? と脳停止していた。
後で聞いたら冷静に話を聞いているなって思ってたって。
停止してたんだからある意味この上もなく冷静ではあったんじゃないですかね?
で、迂回路を地図で確認して、一時潜伏予定の拠点到着時間を逆算していたら先生から連絡が入った。
『マクシミリアンだ。イーダを通して全身タイツ部隊から依頼が入った。拠点の設備では対応ができないから対象者は最終的にウチに運び込むつもりだ。対象者は三名。エルンスト、ダイアン、シュテファン。いずれにしても応急処置の為に拠点に向かいたい。何人か回せるだろうか?』
ピリッと緊張が走ったのが俺にも分かる。
俺としても、エルンストさんは同居人、ダイアンさんは間借りした人。
シュテファンさんだって、顔を見れば知っている人かもしれない。
生物系専門の先生に依頼って、どんな? とはとても聞けなかった。
そこからはあれよあれよと進んで行く。
イーダからも連絡があって、先生とおおよそ同じ内容の簡略版だった。
みんな移動するだろうから以降は連絡を入れないって注釈付き。
よく気が付くなぁと、現実逃避気味に感心したりしつつ拠点へ移動。
なんか、ちゃんとした道は使わない感じの移動だった。
隠ぺい? 隠密?
ビアンカさんとマティルデさんとも別行動。
到着先は複数ある拠点の中で一番外観が建物っぽい作りなんだって。
外から見たら六件の民家に見えるけど、実は繋がっていて中は倉庫みたいにただただ広い。
建物内なのに、車は何台も停めてあったし、直径三メートルくらいの謎の鉄球とかも置いてある。
国境付近の戦闘も続いているらしくて、拠点に荷物を取りに来ている人もちらほらいた。
この拠点には地下道が掘ってあって、あちこちに繋がって、その中に国境付近まで続く道もあるんだって。
次に到着したのはビアンカさんとマティルデさん。
俺が入ってきた場所とは違う場所から入ってきた。
どこかに寄ったのか荷物を運ぶ指示なんかを出している。
すぐに先生が部隊員さんに運ばれて合流した。
俺には軽く挨拶をしてくれたけれど、すぐに全身タイツ部隊のお医者さんと何やら打ち合わせを始める。
近付けない雰囲気で、意味もなく立ち上がっては、落ち着かなくちゃと座りなおしていた。
そうして。
運ばれて来た三人は、多分原形をとどめていなかった。
息を一度吸い込んで、知らずに呼吸が止まる。
先生とビアンカさんが、持ち込んだ木箱から薬や固定器具を取り出して作業を始めた。
俺も手伝わなくちゃと思うのに、一ミリも動けない。
同行していたイーダが俺のところに来て、背中を叩かれてハッとした。
先行して先生の家に行き、可能な限り荷物を避けて通りやすくし、三人を寝かせるスペースも確保、と指示される。
だからこの時は、薄汚れた部隊員さんを遠目に見るだけで、分かっていなかった。
普段厳しいながらも穏やかに学んでいた工房に、むせ返る程血の匂いが立ち込めるって事を。
俺の常識とか理解可能な範疇を超えているって事を。
最初はシュテファンさん。
部隊員さんで、収集した素材を飲み込めるだけ飲み込んで走って戻って来た。
見た目にも異様な形に膨らんだお腹は内側から破壊され、息をすれば口端から血の泡を吹く状態。
『腹ぁ掻っ捌いて、素材を取り出したら、スピード勝負だ』
部隊員のお医者さんがそう言って躊躇いなくシュテファンさんのお腹にナイフを突き立てる。
『エルンストに右足、ダイアンに両腕、左足』
先生が言う言葉に合わせて部隊員さんたちが斧を振り下ろす。
ダンと音を立てる度に血が飛び散るのに、誰の手にも迷いはなかった。
ビアンカさんも動じずにシュテファンさんの手足を受け取ってトレーに並べている。
お医者さんがずるりとお腹から素材の入った袋を引きずり出した。
最後にまだ血の泡を吹いているシュテファンさんに先生が声をかける。
『アップグレードはしてやれないが、その知識と記憶が引き継がれるよう最善を尽くそう』
小さくなったシュテファンさんの体を先生が水魔法で包み込んでいく。
そこが俺の限界だった。
で、冒頭に戻る。




