38 引き続きわからないから話は脱線する
乾いたら加工ができるわよ、とビアンカさんが腕で前髪を押し上げた。
手が汚れているのかな? あ。
「髪留めも作らないとだ」
羽根はどっか行っちゃってるだろうし、別のヤツを見繕わないとかな。
そんな風に思っていたら、
「大切に保管してあるわよ」
と、筆箱みたいな箱に入った羽根を渡された。
あの騒ぎの中でもちゃんと保管していたらしい。
嬉しかったのかな。なんか適当に贈ってしまったので申し訳ない。
せめて使える物を作らねば。
だけど俺にセンスはないので共同制作だな。
使いやすい形や材質をビアンカさんに聞いたらちゃんと希望が返ってきた。
繊細な作業は無理なんで、計って混ぜる系の錬金と、製造・複製機頼り。
う……設計図も書けないかも……。
ビアンカさんは作った贈り物に物凄く期待してるっぽいから、ちょっと待ってもらおうかな。
俺は一回り小さい右手をニギニギしてみるが想像するよりも動作が遅い。
リハビリ用の触るやつは部屋に置いて来てしまったので、工房のあちこちをさすりながら話を続ける。
「今作ると、幼稚園児が折った折り紙みたいな感じになっちゃいそうだし」
この発言が伝わらなかったので辞書用メモを取り出しつつ擦り合わせ。
幼稚園はなくて託児所はあるっぽい。近所の広めな家に適当に暇な人が顔を出して面倒をみるスタイル。一応確認したけどケガとか病気をしても誰も文句は言わないって。おおらかって言うのかな?
こういう場合は俺が幼稚園とか保育園とか託児所って言うと、この世界の託児所って単語に変換される。
逆はちょっと混乱するんで、今後は託児所で統一していくしかないかな。
生活に必要な最低限の読み書き計算とか常識を教える小学校みたいなのはあるらしい。
自主学習なのかな? 自由登校だし、塾の自習室に教える人が常駐してる感じ?
で、その後は働き始めちゃうから中学、高校はない。
こっちの子どもって子ども時代が短いんだな。
免許とか資格がないから、徒弟制度とか師弟制度の下で学ぶ。
違いが分からないし調べる術もないので追加で質問。
今の俺は徒弟っぽいから、お手伝いとか見習いかな? 錬金術師って括りの中で良さそうだ。
師弟って言われるとブランド感が出るのかな。
ビアンカ工房の錬金術師とか、マクシミリアン工房の錬金術師って感じ?
なんの話か分からなくなったところでようやく折り紙の説明。
俺が唯一折れる鶴は正しく幼稚園児が折った状態になったんで苦笑い。
「角を合わせたり、ピシッと折り目を付けたり、硬化させる液体を塗布したりしたら作品とか商品だけど」
要するに紙屑、ゴミなのだ。
「ちゃんと右手が動く様になって、その時に綺麗なヤツが見たければまた折るので、これは捨てちゃいますね」
それでも一生懸命折ったであろう幼稚園児のそれは微笑ましく、凄いね、と褒めながら大切に受け取る。
額縁に入れて飾る家庭もあれば、思い出箱的な箱に入れる家庭もあるし、赤の他人なら帰宅してすぐ捨てちゃうまである。
俺ん家は一定期間保管の後廃棄処分だったけど、写真は残してたかな。
ああ、とビアンカさんは穏やかに笑う。
「初めての作品には価値があるわよね」
初めて錬金した素材を小瓶に入れて、師匠が棚に飾ってくれたのだと教えてくれた。
「へぇ。何を作ったんですか?」
「ガラス。小さくて、ヒビも入っていたわね。全部ではなくて欠片を……師匠が完璧に錬金した小瓶に入れたのよ」
ちょっと馬鹿にしてたと思うわ、と付け加えたので、え? 美しい思い出話じゃなかったの? と困惑する。
「……イブキの最初の作品は何だったかしらね?」
「さぁ? なんか流れ作業で、これとこれを混ぜて! みたいな指示で作ったやつじゃないですかね?」
二人とも明確に覚えていなかった。バタバタしてたし仕方がない。
日常にそんなに美しい思い出なんて転がってもいないだろう。
ある意味これが徒弟って事なんでは? とちょっと腑に落ちたりした。
面白かったとか楽しかったとか美味かった思い出はあるけどね。
なんかちょっと違うんだよな。
そうこうする内に木が乾いたので、製造・複製機に放り込む。
待ってる間に辞書用のメモを見直しててふと思い出した。
「結局翻訳資料って王宮には提出してないんですか?」
スマホの説明をした時にそんな話をしたんだけど、その後の話は聞いていなかった。
「最初の、挨拶程度をまとめた資料は提出したわ。また提出しますね、って誤魔化してそれっきりね」
どうやら情報とか知識の独占が目的みたい。敵対すると転送機能を遮断されて情報が得られなくなるって話だった。
図書館とかインターネットが使えなくなる、みたいな?
人に聞いたり、人の書いた物を複製したりで、完全に情報が断絶されるわけではないけど、かなり不便。
俺は今ネットが使えないのを不便に感じてるし、それだけは! って縋り付きたくなる気持ちは分かる。
王族の国民縛り付け政治の一環なんだろうか。
爆破しちゃうわけにもいかないし、制圧が一番いいみたいだけど、かなり広くて膨大な量で警備も厳重。
緊急で悪い情報は燃やしたり、絶対に保持したい情報は盗んだりして全身タイツ部隊の方々が細々頑張っているらしい。
この世界の知識が丸っとない俺には問題はないけどね。転送機も改良しちゃったんで翻訳は自室の本棚で済むし。
「あれ? 俺の翻訳情報ってビアンカさんも見られますよね?」
使う理由もないけど。
「? そうね。見ても意味はないけれど……」
「転送範囲って小さい方が設定は楽なんですよね? で、読めるけど書けない」
「ええ。本棚より本、本より紙の方が設定は簡単ね。……そうねぇ、読み書きの相互は難しいけれど、読むだけの物、書くだけの物、そういう一方通行ならできると思うわ」
「それならメールできるじゃん!」
俺は感激してババっと説明した。
通信手段が無くてなにかと不安だったんだよね!
やり取りの履歴を読みたいから形式は本にして転送元を設定。
例えばこれを俺の本棚に置いとけば、俺が書き込みをすれば、その座標を知っている人は俺の書き込みを読めるって事だ。
相手が見に来てくれさえすればこちらが伝えたい事が通じる。
反対に書き込み専用本に返事を書いてもらえば向こうが伝えたい事が分かる。
家に居ないといけないとか制約はあるけど、定時連絡みたいなのは楽にできそう。
「……普通に箱に手紙をいれて転送するんじゃ駄目なの?」
ですよねぇ、って一瞬納得しそうになったけど、鳥の獣人さん使って定時連絡してるのビアンカさんたちじゃないっすか!?
「必要最小限以上の読み書きができるのって、十人に一人よ?」
あ、そっか。さっき幼少教育の話をしたばっかりだったのにな。
お互いを理解するって、ちょっと話を聞いただけじゃ難しい。




