35 俺だって真面目に話したいですよ?
思えばこの世界に来た時からそうだったのだ。
親切を当たり前に受け入れて、自分でなにかを決めるわけでもない。
促されるまま、流されるまま、中央国に来ての今なのだ。
たまたま落ちた先が辺境の地で小人族しかいなかっただけで、別の獣族と出会っていたらただの挨拶で死んでいたかもしれない。
イーダがいなければあのまま小人族の集落で暮らしていたかもしれない。
ウーヴェの作った首輪だって装着を拒否していれば中央の塔で足止めされなかったかもしれない。
ああ、でも首輪が無かったら死んでた?
そもそもああいう事態に遭遇しなかったってのもある。
たらればなのは確かだ。
それでも、自分で考えて選択できた場面は多かったし、誰かから話を聞いて決めるべき事柄もあったと思う。
もっと積極的に、この世界を知るべきだった。
マクシミリアン先生は相変わらず可愛らしいお顔立ちのままタシタシと足を鳴らしている。
顔から何を考えているか分からないから怖いんだけど、話始める前の合図みたいな物なので言葉を待った。
『外出の危険性を言って聞かせるのは保護者の務めだ。自分の都合で子ども扱いをしたり、大人扱いをしたりしてはいけないと私は考える』
やっぱり先生の言葉はビアンカさんに向かってて、俺は恐る恐るビアンカさんへ視線を移す。
ビアンカさんは少し怒った風に眉を寄せていた。
『一時的に先生をしているだけのあなたに言われたくないわ』
それは俺が今まで目をそらしていた部分のビアンカさんなんだと思う。
簡単に言えばとても偉そうなのだ。
上位者目線なのかもしれない。
少なくとも中央国において、ビアンカさんは王族の一員だったのだ。
『では今の君に誰が言えるんだい?』
先生が躊躇いなく言い返した言葉に、ムッとした顔で黙るビアンカさんは、なんだか子どもの様にも見える。
そういや俺、ビアンカさんの年齢も知らないな。我ながらどうなんだろう?
女性に年齢を聞くのもってのもあるんだけど。
『君は本当にイブキの保護者なんだろうか? エルンストやマティルデの様に自分の所有物とでも思っていないかい? 明らかに生物の錬金に向いていないイブキに弟子入りしないのかと聞いたそうだね? 都合のいい手駒を育てているつもりにでもなっていないかい?』
続く先生の言葉に、ビアンカさんは非常に嫌な顔をしているけれど、俺としてはその方が気楽かも。
そういうのがダメって話なんだろうけど。
それは分かるけど、なんか難しい。
いつかそういう関係が嫌になる日が来るんだろうか?
来てから考えるんじゃ遅いんだろうか?
……遅いのか。
平和な日本じゃないんだ。それこそ死んじゃうかもしれない。
俺がうんうん考えている間に、二人は言い争いに発展していた。
『引き取る財も権力もないあなたがなにを言っても無駄だとは思いません?』
『囲い込んでこちらが引き取る道を閉ざしたのは君だろう? 今更ずいぶんな物言だな』
『家を燃やされたあなたに新居を提供した私にまだそんな口を?』
『そもそも君のせいで私の家まで爆破されたんだ。君こそ私が洗いざらい喋らなかった事を感謝し……』
聞き捨てならない内容だなぁ、なんて思ったらイーダがテレパシーを切ってしまった。
え? 俺、この話は聞いた方がよくない?
『気になるなら後日各々から話を聞けばいい。少し熱も上がって来たしそろそろ体力の限界だろう? 横になった方がいい』
イーダはイーダでちょっと過保護かもね。
寄りかかっていたので、そのままずりずりと寝かされてしまった。
すかさずマティルデさんが寄ってきて毛布を掛けてくれる。
『しばらくマクシミリアン先生にお任せしましょう。こういった機会も少ないですから……』
あ、マティルデさんとは切れてなかった。
「どういう意味?」
『他人に諭される機会がない生活でしょう?』
ああ、うん。親とか恩師とかいなさそうだもんね、ビアンカさん。
マティルデさんとかエルンストさんとかは使用人な訳で。
「あのさ、今更なんだけど。ビアンカさんて今、何歳?」
『二十三歳です』
思ってたより若かった!
「え? マティルデさんは?」
『二十歳です』
ビアンカさんより年上だと思ってたよ!
「ひょっとしてエルンストさんて……」
『二十歳ですね』
俺と四つしか違わなかった!
え? え? ヤバ!
「……ねぇ、イーダ?」
『記憶が曖昧で正しい年齢は分からないが……五百年は経ってると思うが千年は経っていない』
大雑把すぎる!
「ちょ、先生、先生は!?」
若いの? めちゃめちゃ長寿なの?
『マックスかい? 多分五十歳くらいじゃないか? 百年は生きていないと思う』
マクシミリアンの愛称ってマックスなの?
えー、あー、五十歳……言われてみれば? なのか?
親父より上でじいちゃんより下か。そんなもんか。
ちなみに目の前のビアンカさんと先生を俺の世界に当てはめるなら。
仕事から帰って来てペットを愛でるも噛みつかれてキレ散らかしている図である。
すげぇな。色々と。
ビアンカさんが先生の頬っぺたをつねっている。
暴力反対。
イーダ、そろそろ止めてさしあげて。
『産まれてから二十年ですが、私は記憶も引き継いでいますから、もう百年分の知識と経験を持ち合わせているでしょうか……』
マティルデさんがなんかぶっこんで来たんですけど?
俺のキャパにも限界がですね?
『エルンストは中身も若くないか?』
『ええ。エルンストの記憶は二十年分ですから経験値が低いのでしょう。引継ぎが上手く行かなかったそうですが、知識が保持できたのは幸いでした』
わぁ。先生がビアンカさんの顔に飛びついたけど、本当に止めなくていい?
動く元気がないからあっちは見なかった事で大丈夫?
俺は視線をマティルデさんへ向けて聞いてみた。
「記憶の引継ぎって?」
『王族専属の使用人ですから、代々受け継いでいるんです。四十年を寿命として次代の材料になります』
「……ごめん、ぼかさないで言ってくれる?」
分かってるんだけど、一応。一応、ね?
『ぼかさない……四十の歳に生きたまま錬金素材になり記憶を引き継いで生まれ変わりますが時折失敗します?』
いちいち闇が深ぇんだよなぁ、マジで。




