32 それどころではないので色々と置いておく
当たり前なんだけどめちゃくちゃ爪を立ててるし、義手どころか身もいっちゃってる。
それでも俺が抱きとめたのはこの子のためだ。
マティルデさんは変に俺との距離が開けば魔法で瞬殺とかやりかねない。
イーダだって殺さないまでもケガはさせちゃうかもしれない。
俺なりにそういう常識のズレはちょいちょい感じてきたのだ。
後悔するなら俺がケガをする方が数倍マシに思える。
いや、嘘っす。ガンガン胸ら辺で爪がめり込んでてめちゃくちゃ痛ぇ!
状況のおかげかマティルデさんは子どもの背後に回って両手を掴んで止めてくれた。
相変わらず手はかじられっぱなしだけど、取りあえず。
「俺、お前になんかした?」
声に出してから間違えに気が付く。
「いや、俺はお前を押し倒してるから反撃もやむなしか。そうじゃなくて。その女の人、お前になにかしたの?」
左手を体の支えに使ってて手が空いてないんで、顎でビアンカさんの方を示した。
ビアンカさんはマティルデさんの後ろに付いている。
さらにその後ろにはイーダ。
イーダが繋げてくれてるから俺の言葉はちゃんと子どもに伝わって、逆に子どもの声に出せない言葉が聞こえた。
『なにもされてない。どうしようどうしようどうしよう? 殺される殺される殺される……!』
物騒だな。
まぁ、俺よりも野性の感とかありそうだし、気配とかで勝てないのも分かるのかも。多分。
マティルデさん、その殺気ちょっと押さえて?
「マティルデさん、離してあげて」
思ってた内容と口に出した内容は違うけれど、意味は同じ。
マティルデさんはビアンカさんに少し離れる様に目配せしてから、ゆっくりと子どもから手を放してくれる。
子どもの耳がペタリと垂れて、ゆっくりと俺の手からも口が放れた。
囲まれてる恐怖かな?
どうしようと殺されるばっかりの思考で、両手を抱き込んで俯いてしまっている。
場違いだとは思うんだけど、なんだか可愛いなぁと思ったので、首の辺りをカリカリしてみた。
エルンストさんと同じ系統かな? 犬より狼っぽい?
ビクっと一瞬跳ねたけど、手は払われなかったんでそのまま話を聞く。
「人間になんかされた?」
この質問にも言葉での返答はなくて、
『殺された殺された殺された』
って思考と、恐らくこの子が目撃した映像が頭をよぎった。
王宮で見た警備員の制服を着た獣人に噛み殺される場面。
その人がこの子にとって、親とか親戚とか兄弟とか、近しい人である事は明白。
水色の時みたいに言葉一つで命令して、この子の大切なその人が殺されたんだろうと理解する。
「あー。あの人たちはそんな感じだよな。俺もドン引きした。でもその人は、むしろ敵対してるから」
ビアンカさんは少しだけ離れた位置で無表情に子どもを見ていた。
笑って手を振るとかしてくれても、とは思うけど、実際やってもこの子の後ろにいるんで目には入らないか。
そんな事を考えたら、ビアンカさんはマティルデさんの制止を無視して俺の後ろに回り込んだ。
『あの人たちはナイナイするからもう少し待っててね』
ナイナイしちゃうんすね。
子どもは多分驚いたんだと思う。
目を見開いてから静かに首を持ち上げて、ビアンカさんを見た。
『ケガはしていないのよね? それなら帰っていいわよ』
そっけなく言ったビアンカさんは、マティルデさんへ指示をだす。
『逃げた子たちが保護者を連れてきたら面倒だわ。マティルデ、フライングディスクを渡してあげて』
『はい』
マティルデさんは子どもをひょいっと持ち上げて立たせ、口をこじ開けて口内を確認してから頭をなでた。
ケガの確認かな? 外から見ただけじゃ俺の血だか本人の血だか判断が難しいもんな。歯とか折れてないならよかった。
それからイーダが水魔法で子どもの顔を洗っている間にフライングディスクを回収して子どもに持たせる。
『聞かれたら”全身タイツ部隊絡みの人間だった”と伝えれば分かります』
マティルデさんはそう告げて子どもの背中をポンと押した。
子どもはよろよろと歩き出して、それから立ち止まって振り返る。
『おにいちゃん、ごめんなさい』
泣き声に俺は笑顔で返した。
「おう、気にすんな。転ぶなよ?」
手を振る元気もないけど、自分で翻訳した全身タイツ部隊って言葉に笑えたんで助かった。
コクコクと頷いて走っていく子どもを見て安心したら急にガクッとくる。
ポンチョは防水性だから割けた部分に多少の血は付いているけれど、それ以上は表面に染み出していない。
軽傷に見えてればいいんだけど。見たら普通にトラウマるよな。暗くて幸い。
ぐちゃぐちゃに濡れまくった内側の服に気が遠くなる。半分は汗であってほしい。
致死量ってどれくらいだっけ? こっちに来てからケガしてばっかだなぁ。
『イーダ先生、イブキの止血をお願いできますか? マティルデ、荷物をまとめましょう』
荷物? ああ、そういや飯食ってたんだっけ。
『イブキ、話せるか?』
イーダに聞かれるけど、あんまり声を出して喋りたくない。
『……ああ、考えてくれたら分かるからそれでいい』
そうなんだっけ?
みんなの焦った様な声を聞きつつ、朦朧とする意識でなんとかイーダの言葉に思考を返した。
敷いてたシートごと包まれて車に運ばれる。
その頃には寒いし意識が落ちそうだった。
『私が血を吸い集めて不純物を取り除く。体内に戻せるか?』
『ええ。さっき買った素材で転送機を改造するから進めてくれるかしら? マティルデ、運転できる人を呼びに行くかあなたが運転するか選びなさい』
『運転します』
即答しているけれど、マティルデさんが運転しているところを見た覚えがない。
そもそもこの世界の免許制度ってどうなってるんだ?
『ハンドルを握って右手親指がアクセルで中指がブレーキよ。マクシミリアンの家までお願い』
そこから? しかも俺の知ってる車と違う。
考えてなかったけど、元気になったら運転してみたいな。
『いいわね。落ち着いたらイブキの運転でドライブをしましょう』
ビアンカさんがそれまでの焦りを消して穏やかに言った。
寒いのにイーダに巻き付かれて追加でひんやりする。
急発進する車の揺れに合わせて、胸の傷口に転送機をねじ込まれた。
あまりの衝撃と痛さに声を上げたけれど、それは全部物理的な話。
気持ちは物凄く静かで。
うん、この人たちと一緒ならなんか大丈夫そう。
そんな風に芯が固まっていくのを感じていた。




