31 簡単脱着式にすれば良かった
今日は青の丸が大きくていつもよりは暗め。
俺は街灯が綺麗で好きなんだけれど、隣を歩くビアンカさんは不満そうだ。
『お出かけなら明るい方がいいわよね?』
ビアンカさんの頭には猫みたいな耳が乗っている。
勿論つけ耳。しかも音のする方に少しだけ動く仕様。能力の無駄遣いだな。可愛いけど。
俺も今日はイーダがいるから通訳機も必要ないしヘルメットはお休みにした。
それなら一緒にって、猫耳を付けられそうになったので拒否ってフード付きポンチョにする。
俺に猫耳はちょっと似合わないと思う。髪型的にもマティルデさんの丸い耳の方ならまだ一考の余地があったかな。
つけ耳よりは蛍光緑のテルテル坊主の方がまだマシだろう。
マシかな? マシだと思いたい。
ビアンカさんの運転で商店の多い辺りまで出て、そこから徒歩で散策。
朝市? 色とりどりの野菜やなんだか分からない粉なんかが所狭しと並んでいる。
朝市自体が人生初だったから、物珍しくてきょろきょろしてしまう。
明らかな元の世界との違いは、その場で素材を加工できちゃうところかな。
ジャムとかクッキーとかの加工商品は見本だけ。
ホットドッグっぽい食べ物を買ってその場で食べながら、いくつかのフルーツをジャムに加工して貰った。
パン用の小麦粉をマティルデさんが選んでるんだけど、種類が物凄い。
見ても食っても小松菜とほうれん草の区別がつかない俺には全部同じに見える。
「あ、米」
米も発見したんだけど、俺が知ってる米よりも細長いのが多い。あ、ちょっと黄色いのとか、知ってる米に近いのもあるな。
サラダ用とか菓子用とか言ってるがよく分からん。
一番知ってる米っぽいやつを買おうとしたら、
『レシピはどうします? そのお米だと牛乳で煮るレシピが売ってますよ』
とマティルデさんに聞かれた。
牛乳で? それはちょっとなんか違う。
家庭科で習ったので米の炊き方は知ってるし、レシピは自分で書いてみる事にした。
洗剤入れて洗うなって注意からサバイバル知識までぶち込んでくる愉快な先生だったんだよね。
調理の授業なんてあるのね、とか話しながら一度車に戻って荷物を置いて、布の店へ。
燃え難くて汚れが落ちやすくて水も弾けばいいと思ったんだけれど、それだと通気性が悪くなるんだって。
事前にビアンカさんに言われて、なるほど、そういうのも考えないといけないのかと勉強になった。
形に関しても最初は体操着っぽいジャージをイメージしてて、それだと細かい素材が服の中に入ってくると指摘。
服にもそれぞれ事情とかあるんだな、と思った。
で、色々考えた末に、ジャージにマクシミリアン先生みたいな作業エプロンで確定。
女性陣がわちゃわちゃと布の柄で盛り上がる横、素材も型紙も思いつく限りの希望を伝えて店主に丸投げした。
ちなみに防火と撥水はビアンカさんが加工素材を販売しているから後から自分での加工が可能。
それも考慮して貰いつつ、ついでに営業も挟みつつ、マティルデさんが量とか価格の交渉をしてくれた。
あ、色は汚れが目立たない黒でお願いします。女性陣の文句は受け付けなくていいです。
店の端に何かから抜けた羽根のつかみ取りもあったのでついでに。
素材になるし、なんかやりたくなるんだよな。カプセルトイみたいなもんかな? ちょっと楽しい。
『あら、綺麗な羽根があるわね』
鮮やかな青色の羽根だった。
つけ耳だし、刺さっても痛くないよな? と思いながら、ビアンカさんの髪に刺してみる。
このままだと落ちると思うけど、色合わせにちょっとなら。
「うん。目の色と一緒だし、似合いますよ。帰ったら髪飾りにしましょうか」
ビアンカさんはつけ耳を押さえていたピンを外し、羽根ごと付け直して笑った。
『ありがとう。楽しみだわ』
え? もうそれでいいんじゃないの? って思ったのはイーダのせいで筒抜け。
『ダメよ。ちゃんと形にしてプレゼントして頂戴』
と、ビアンカさんにつつかれた。
ですよね。
それからいくつかの素材屋や取引先の店舗を覗き、車で近場の丘に移動。
街灯が少なくて暗めなので、シートの四隅に重石代わりのランタン型の灯りを置いてお昼ご飯。
夕方のピクニックみたいで楽しいが昼である。
ただの丘で公園ではないんだけど、獣人の子どもがフライングディスクみたいな物で遊んでいた。
やっぱり獣人は身体能力が凄くて、飛び上がって高い位置でキャッチしている。
楽しそうな笑い声が上がっていた。
こういう場所で遊ぶのにこっちでも鬼ごっこみたいな遊びもあるんだって。
「俺の世界の鬼ごっこだといくつか種類があるなぁ……」
そんな説明をしていた。
『鬼ごっこ? 鬼って?』
「うーん、逃げる対象? 圧倒的強者? だから逃げる系の遊びは全部鬼ごっこの一種で……」
子どもの投げたフライングディスクが飛んできてビアンカさんのつけ耳に当たる。
「大丈夫ですか?」
『あら、あら、』
マティルデさんが飛んだフライングディスクを走って追いかけていった。
さっき簡単に付け直しただけだったつけ耳が変な方向にズレている。
髪がひっかかったのだろう、痛そうな顔をしたビアンカさんがつけ耳を外した。
「え?」
驚いた様な声が聞こえて振り向くと、獣人の子どもが一人。
フライングディスクを取りに駆けてきたのだろう、すぐ近くで一瞬だけ足を止めた。
それから、退け、とかそんな感じで、俺のシャツを掴んで引かれる。
あ、ダメなヤツ。
みるみる伸びる爪と大きく開かれた口に見える鋭い犬歯。
咄嗟に腕を掴もうとしたけれど、俺の右手はボタンを押さないと掴めない。
そのままタックルみたいに押し倒すも、力任せに回転されて、逆に俺の背中が地面についた。
『マティルデ!』
ビアンカさんがマティルデさんを呼ぶ声が聞こえるから無事に距離は取れたのかな?
冷静にそんな事を思って、子どもを見上げればグルグルと唸っている。
ガブリと首元に噛みつかれ、木の首輪がパキリと音を立てた。
首輪が割れる前に引きはがさないとマジで死ぬかも。
他の子どもたちも走って来たのか、足音やこの子を呼ぶ声が聞こえる。
「来るな! こいつら人間だ!」
首から口を放して叫ぶ子どもの言葉に、人間て嫌われてるんだな、と思う。
後で聞いたら鬼の中央語訳は人間なんだからそれも仕方がない。
やっぱりこういう時に出るのは利き手で、ああ、偽物で良かったな、なんて思う。
もう一度噛みつくために開かれた口に、右手を差し出して左手で子どもを抱きとめた。




