29 予言的中
予想通りマクシミリアン先生は厳しかった。
最初の壁は言語。
散々説明して貰って、塩基配列とか、ヘタしたら聞いた覚えはあれど一度も口に出した覚えがない単語を埋める作業。
元から知らない単語は俺に分かりやすく作るか、中央語のまま固定する。
ついでに改めて意味も理解したから学習は進んでいる、と思いたい。
家に帰ったら辞書を更新して、意味を忘れない様に覚える。
ゴーグルがあるからいつでも確認できる、そんな甘えは二回目の授業で叩き潰された。
「ゴーグル着用時に一拍動作が遅れるのに作業中もゴーグルをするつもり? 手を止めてゴーグルを着用して確認して作業に戻るのに何秒かかる? 君が生物の錬金に関わって作業途中に確認の時間をとった場合、殺す確立は上がるだろうね」
今後関わる予定はないけどと思い浮かべた途端に追撃。
「ああ、私の元に学びに来ていた事実から頼まれた場合はそもそも緊急か。最初から成功確率は低いだろうね。私の失言だったかな。殺してしまっても気に病まなくていい」
はい! すみません! 覚えます! 覚えます!
「いっそ君が鶏でも抱いて製造・複製機に入ったらどうだ?」
これは勉強とは関係ない。
朝飯になに食ったか聞かれてチキンサンドって答えた時だ。
奴隷と食用肉は全然違うんですよ、先生。
俺が製造・複製機に入れるかどうかへ話が脱線したんでうやむやになったけど。
宿題も結構出される。
「一般的に錬金術師が制作、販売している商品の名前と材料を三十、表にしてきなさい」
いや、俺、別に錬金術師を目指してるわけではなくて、義手を作りたいんだけど?
「錬金術師の家に居候をしているんだ、手伝いに必要な知識だからやってみなさい。手が動かせる様になったらすぐに戦力になる。その申し訳なさそうな顔も少しはマシだろう」
もしかして励まされてる?
三日置きの授業なので結構必死。
分からない部分はビアンカさんに教わったりもした。
しかも、ビアンカさんもなんか変なスイッチ入っちゃったのか、
「一般販売物なら私が専門にしている無生物が多いけれど、薬物と生物も押さえておきましょうか。取りあえずイブキが思う通りに書きだしてみて?」
と先生化した。
こっち特有の材料の名前と性質を覚え、使い方を覚え、設計図の書き方を覚える。
計算が多いから電卓が欲しいと零せば作ってこいと言われる生活。
プログラマーみたいだなぁ、とか思う。
そして電卓用の情報をまとめて普通に自室の本棚に置いちゃうのだから慣れとは恐ろしい。
そろそろ本棚を増設しないと。
イーダは、
『居ると甘えるだろうから授業には参加しないよ?』
と宣言し、昼間はなにか別の仕事をしているらしくてあまり見かけない。
でも夜に顔を出してくれて勉強に付き合ってくれてる。
あんまり夜が遅いと強制的に電気を消されたり、毛布で包んだりしてくるおかげで俺も快調。
休息時間大事。
そんな生活を送る中、俺用の義手製作も順調? に進んだ。
最初は木製。防水にしないと曲がるし腐る。二本目は石製。重たいし微妙に日々削れる。三本目は樹脂製。当たり前に固定が難しい。四本目は石で骨を作って肉部分を樹脂製に。削れるんだよね、石。
ここまでは製造・複製機製品で、五本目でようやく錬金を許された。
削れない石と肉と皮の二種類の樹脂を作って落ち着いたところ。
流れ的に勉強のためにワザと作らされたんだろうけど。
そこから鉛筆を持つとかご飯を食べるとかの指の動きを登録してボタンも付けた。
一度左手でボタンを押す動作が入るけど、一度ボタンを押してしまえば動作はスムーズ。
一応の最終日の本日。ビアンカさんから、
「きっと授業は延長ね」
などと謎の予言で送り出された。
うーん。義手はもうこれでいいっちゃいいんだけどなぁ。
「こんにちは」
先生の家へは声をかけて勝手に上がり込むスタイル。
工房に入ったら、ふよふよと浮かぶ水球が目に入った。
「なんですか? これ?」
テニスボールサイズで十個近く……九個か。
基本的に分からない物には触るなと言われているので、ちょっと距離を取って聞いてみる。
「培養肉」
こっちのハムとかベーコンなんかの加工食肉の半分は培養肉なんだよな。
知識としてはあったけど実際に培養しているところは初めて見た。
「へえ? なんの肉ですか?」
じっと見れば球体の中になにかが入っているのが分かる。
辛うじて目視できる程度って事は、作ったばっかりだろう。
うっかり触ったら大変だ。
「君の」
って俺の?
「……いつの間に肉を収集したんですか?」
収集された覚えがない。
「君の手を処置した医者が居たろう?」
ああ、王宮から拉致したっていう。
「隠し持っていたらしい」
「え? なんで?」
反射的に思わず聞き返した俺を先生は無言で見つめている。
今日も可愛い!
あ、これ、俺が答えを口にださないとダメなやつなんすね?
でも可愛い!
先生は俺を見つめながらため息を一つ。
あ、すんません。真面目にやります。
「俺のクローンとか作っても、どうしょもねぇと思いますけどね」
そう、こっちの世界ではクローンが作れる。
血や肉から塩基配列を取り出して胎児の塩基配列と転送でポン、って。
「あれ? ってか、今更かも? 俺は覚えてないですけど、王宮に居た時に治療とか受けてるし、来たばっかりの頃、塔の医者に採血されてるし」
この方法だと完璧な俺にはならない可能性が高いけど、王族の血が濃くなりすぎる問題には有用なのかも。
先生はタシタシと足を机に打ち付けつつ、
「十年後によく似た自分にお父さんと呼びかけられないといいね」
と、手元の設計図を渡してくれた。
「あー、それはちょっと、どうしたらいいか分からないかも……」
やってるとしたらもう進行中だろうし、どこからが人間でどこからが人間未満なのかなんて俺には判断もつかない。
あんまり考えると気分が悪くなりそうなので、設計図に目を落とす。
サイズの差があるんで字が米粒写経を彷彿とさせるけど、ゴーグルのおかげで問題はない。
それは手のひらの設計図で、俺の左手から起こした物だ。
あの乾電池みたいなレントゲン? みたいなスキャナーは、モバイル版で、ちゃんと大きいヤツが存在していたのだ。
骨の部品、屈筋腱や伸筋腱なんかの腱の部品、って感じで、精巧なプラモデルの取説でも読んでる気になる。
「これってつまり……」
「材料を作って、部品を作り、組み立てる。神経をつなぐ手術は必要だし、指の感覚は再教育が必要だと思うけどね」
指が戻る嬉しさや、新しい手段を発見した驚きとか、そんな感情がザッパーンと波みたいに押し寄せて一気に引いた。
それから、人体の一部を作成するってワクワク感が暴力的に込み上げてきて、設計図から目を離せないまま俺は言う。
「よろしくお願いします! 取りあえずこれができるまで延長で!」




