24 いっそのこと
「獣人語は、語彙が、少ないの」
ベッドの上で辞書作成。の合間に雑談。
通訳機を改良して辞書は毎日更新。だから会話はかなり成り立つ。でも今は俺の訓練兼ねて通訳機なし。
気を付けながらしゃべるから考え事もなぜか片言になりがち。
「たとえば?」
「ネコ科なら、美味しい、不味い、最高、最悪、全て、ニャアァ、とか?」
「あー、最初に、物凄く、が付くなら、俺の世界でも、それは全て、ヤバイ、で済むよ?」
「え?」
一番語彙の多い中央語と俺が喋る日本語の通訳情報を作り、他は既存の中央語とその他の言語の通訳情報を使う予定だった。
だから今まで獣人語の話はしてなかったんだよね。
「えーっと、若い人言葉? 大人も使う……友達! 友達同士で使う、表現?」
「スラングかしら? 発音できる? ス・ラ・ン・グ」
「スラング。正しい?」
「上手上手」
イーダは、燃やされた時に身分証明も燃やされたらしく、今は水の国に帰っている。どうやって持ってたんだろ?
塔を利用しなければ別になくても問題ないけど、一応再発行するって。
ダイアンさんと話してたし、普通の身分証明ではなさそうな気配だったけど。
自宅を二ヶ月も空けているからそういう心配もあるみたい。
ウーヴェに宜しくと伝えたら、イブキを覚えてるかな? と言われたのはちょっとショックだった。
ウーヴェの性格ではなくて、なんかそういう種族なんだって。
「ヤバイ、で、固定?」
「そうそう、ビアンカさんも、上手。ヤバイは、何種類か、ある。ヤバイ、ヤベェ、ヤバスギ、ヤバクネ。それから、ヤバッ、とか、ヤッバァ、とか……」
そんな話をしていたらエルンストさんが顔を出した。
「少々よろしいでしょうか?」
それなりに言葉は分かり始めてる。
ずっとイーダ越しにフランクな感じで聞いてたから変な感じだけど、かなり丁寧なんだよね。
考えてみたら俺、イーダとか普通に呼び捨ててたけど、むしろイーダは階級が上? 先生付けて呼んでて、逆にエルンストさんやマティルデさんは呼び捨てにされている場合が多い。
「……医者……手配……王宮……」
俺に聞かせたくないのだろう、早口で小声だけれど拾える単語もあった。
だけど、余裕がないのを言い訳に直接は聞かずに逃げている。
今も辞書用のメモ書きを読むふりをして視線をそらした。
それでも気になるその後の話、だ。
これまでのみんなが話している内容をまとめるとこんな感じ。
ビアンカさんの家は踏み込まれて爆発した。
王宮側に死者が出たけど、近隣の家には被害が及ばない様に塀を立てたりはしてたみたい。
新しい家は隣の隣の街になるのかな。
その街も同じ様な家屋が並んでいるので、三軒購入してまた同じ様に改装。真ん中の一軒に荷物を置いて左右二軒を改装して、今は荷物を運びこんで整えている。真ん中は駐車場と、二軒をつなぐ渡り廊下を作るって。
王宮の方は全身タイツ部隊が追撃したっぽい。
なんでそんなに嫌っているのかは、当たり前に嫌ってるんで話に出ないから分からなかった。
ビアンカさんも王宮側の情報を流してる感じ。
俺には判断する材料もないし、ひょっとしたら一般的には悪役側に身を寄せているのかも、と思わないでもない。
だけど、ビアンカさん以外の人間は一人もいないけれど、ダイアンさんの家に顔を出す人々はみんないい人ばかりだ。
ビアンカさんの仕事仲間で、薬に特化した錬金術師さんは俺のために毎日薬を届けてくれてる。
引っ越し先の大工さんは俺の状況を見て生活で不便に感じる部分を聞いてくれた。
エルンストさんが手伝いを頼んでいる人は顔を合わせればおやつを分けてくれる。
それから、ケガの関係でロッテが来てくれるんじゃないかって思ってたんだけれど、多分死んだと思う。ひょっとしたら殺したまである。
ロッテの名前と、俺に聞かせるなって言葉はちゃんと分かった。
正直獣人の顔の区別とかあんまり分かんないんで、王宮で見た顔がロッテだったかは断定ができない。
それでもロッテを呼びましょうか? とか聞いてくれそうな話だし、それがないんだから俺から言う訳にもいかないと思った。
熱を出したりうなされたりしながら、ぼうっとそんな話を拾いつつ、もやもやした気持ちを抱えつつ、日々は進んで。
どこから話せばいいんだろう?
そもそも俺はまだここにいていいのかな?
どうして居させてくれるんだろう?
お金も迷惑も山ほどかけて。
「イブキ?」
エルンストさんとの話を終えたビアンカさんが声をかけてきている。
細かい話は通じないだろうし、イーダが戻ってからの方がいいのかな。
俺はまた心の中で一つ言い訳をして返事をする。
「あー、疲れた、と思う」
「そう? それなら今日は終わりにしましょうか」
右手のギプスを取ってからビアンカさんはそれまでよりずっと気を使ってくれる。
腫れ物に触る、だっけ。そんな感じだ。
ギプスを取った日、俺は盛大にパニクッた。
フラッシュバックと、途中から色の変わる指と、触れた感覚の分からなさと。
叫んで、泣いて、取り外してしまおうと噛みついた。
神経が上手くつながってなかったのか、俺の脳がなにか拒否したのか、痛いのは分からなかった。
噴出した指の血を飲んでしまって、誰の何の血なのかと、毒でも飲んだ気分になって吐いた。
ダイアンさんとエルンストさんの二人がかりで止めたけど、その時には指の骨は砕けてぐしゃぐしゃになってた。取り返しのつかない状態を見てようやく、俺はほっとしたのだ。
そんなの全然ダメだって分かるけど。
「エルンストさんは、急ぎ?」
ベッドに横になりながら言うと困った顔で笑われた。
「気にしなくていいのよ?」
左手だけで掛け布団を引き上げるのはまだヘタなので、手伝ってくれながら教えてくれる。
「年内ギリギリだけれど引っ越せそうよ。イーダ先生も戻ってくるって」
話してた内容と違うんじゃないの、とは思いつつ。
ほんの少し、もう戻って来ないかもと思っていたので、めちゃめちゃ嬉しい。
「うわぁ。俺、物凄く叱られる気がする」
俺の顔がにやけていたのだろう。
人差し指で頬をつついて、ビアンカさんは笑って言った。
「叱られるといいわ」




