16 一日の終わりに
『とても当たり前に恵まれていたのね』
言葉の意味を考えるよりも過去形で言われた事に気持ちが揺れる。
その気持ちを言葉にするのは難しくて、
「えー? 全然普通の一般家庭ですよ?」
と笑って答えた。
会話としては成り立っていない。
ビアンカさんは気にした様子は見せずに作業を続けながら、
『イブキと同じ年頃の子はどんな生活をしているの?』
と聞いてくる。
俺が一般的だと思う十六歳は、高校に通って放課後にバイトをし、休日は友達や彼女と遊ぶ感じ。
義務教育の年齢ではないけれど、まだ義務教育っぽくて、みんな何となく通ってるんじゃないかな。
もう将来を決めてて高校を決めてたり、専門学生とか、夢や親なんかの関係で社会人になってる人もいると思う。色々悩んでなにもしてない人も。
「……こっちの十六歳は?」
逆に聞いてみたら、
『みんな働いているんじゃないかしら』
とあっさり返って来た。
そもそも成長速度も寿命も異なるので、年齢で考えると足並みはそろわない。
ビアンカさんとか純粋な人間は基本的に王族関係者で、産まれた時から将来が決まっているんだって。
十歳までに生きて行くのに困らない知識を家庭教師から習って、そこから仕事を体験しつつ勉強を進めるみたい。それはそれで大変そう。
『実際は結婚するまでは子ども扱いしてくれるし、のんびりしているわよ。私なんて錬金術にはまり込んで追放されちゃったんだし』
ビアンカさんは笑いながらそう言って、たぶん最後の材料を入れて扉を閉めた。
ちなみに俺のスマホは下段に入ってる。
『時間がかかりそうよ』
ビアンカさんがマティルデさんに告げて、マティルデさんがお茶を淹れてくれて、話の続き。
『雲族はもう少し長い』
今度はイーダだ。
なんか雲族って水の国の端、内陸寄りに生まれるんだって。
もちろん空に。
自我が芽生えなかったり、漂ううちに消滅したりしながら、どんどん雲族としての数が減っていき、地上に降りようかな? と思った時が成人なんだって。
テレパシーがあるから興味を持ちさえすれば知識を仕入れるのは簡単。地上が嫌になれば空に帰り、その内自我がなくなって雨として地上に落ち、また空に帰る。
なんか壮大な話になって来たな。
『地形を見るために時折空に帰るが、うっかり自我がなくならないか毎度怖い思いをしているよ』
だって。
それは学者らしい意見なの? 普通の意見なの?
マティルデさんとエルンストさんは一般的な獣人族の生き方をしてきたみたい。
錬金術師の家で生まれて、五歳くらいまでは依頼者か遺伝子提供者の家で教育される。で、種族特性を生かした就職先を見つけるんだって。
その後は職場に通いで二年ほど勉強しつつ過ごして、独り立ちするんだとか。
「七歳ってこと? 早くない?」
小二か小三だよね? 俺、担任の先生の名前すらおぼろげなんだけど?
『大体依頼者の家か、その家が関係する職場だから』
とビアンカさんが苦笑い。
俺が子どもだから曖昧に説明してくれたんだと思う。
『そもそも必要そうな能力を求めて錬金術師に依頼が来るのよ』
だって。
物みたいな扱いにムッとする。
そんな俺を見て、マティルデさんもエルンストさんも運は良いのだと、マティルデさんが笑った。
イーダが通訳してくれるには。
二人はビアンカさんの師匠にあたる錬金術師の元で、ビアンカさんの使用人兼友人として製造されたんだって。
お預かりするのだから製造元にご挨拶をって。
ビアンカさんが錬金術師の元を訪ね、そのまま錬金術にハマってしまいました、と。
しかも王族のあれこれをすべて無視するほどに。
『若気の至りね』
ふふん、とビアンカさんが笑い、
『ははは。三人そろって追放されたのか』
とイーダも笑った。
笑い事なの?
『それはそうとスマホ。スマホの翻訳機能をもっと聞かせて?』
で、そもそもの話に戻る。
ネットの説明に手間取ったけど、理解してもらってからは早かった。
通信回線は転送で、検索先は王宮にあるんだそうな。
転送ってトイレとか採血とかのやつでしょう?
物を動かすだけじゃなくて情報も動かせるって事?
音声データを送るの? 戻って来るのは文字データ?
そんな疑問ばかりで俺は分かる様な分からない様な微妙なところ。
俺がこれから作る翻訳資料もまとまったら王宮に持って行くんだって。
『何冊も辞書を持ち歩くわけにはいかないでしょう?』
言い分は分かるけど、システムの理解が難しいんです。
これもあんまり考えちゃダメなヤツとは思うけど、さっきのビアンカさんの発言が地味にキテる。
『聞き取って翻訳して発声、文字でも見れるのね?』
「そう。あ、聞き取らなくてもカメラが付いてるから、書いてあれば読めもする。そんなに翻訳の精度高くないけど、意味は分かる」
『ああ、本当に翻訳なのね。通訳じゃなくて』
「そう。通訳は職業とかそういう技能をもった人を言うんじゃないかな?」
こうやって話してると忘れちゃうけどね。
色々な説明をして、最終決定した俺の装備はこれ。
眼鏡。利き目側に文字翻訳機能付き。
イヤホン。片耳に装着して通訳を聞く。
ウーヴェの首輪。顎下部分にスピーカーを内蔵して翻訳した内容を話す。
これはついでに首の所が痛かったんで痛くない様に改造予定。
で、全部をつなぐスマホ改を必ず持ち歩く。
この世界基準だとかなり物々しくて変な見た目。
まぁ、俺基準でも木製の首輪がちょっと異質な感じがするけど。
複製されたスマホは、どこまで機能を残しているのかは分からないけれど、見た目は同じに仕上がった。
通電したらわかるのに、電池とか充電とか、そういうのはやっぱり伝えるのも難しいし、こっちにも俺にも技術や知識がない。
それでも研究してくれそうな人に心当たりがあるとかで、期待していいと言ってくれた。
エルンストさんがそろそろ工房を締めますよ、と上がってきて、
『私だけ除け者にされた気持ちです』
と拗ねたのが面白かった。
下の階に笑い声や驚く声が聞こえて午後はそわそわしてたらしい。
昨日とほとんど同じ内容の夕食は昨日よりのんびりと。
エルンストさんにも話していた内容をざっくりと。
風呂は三日に一回程度が普通らしい。
別に毎日入っても、一日何回入っても構わないと言って貰えたので、お言葉に甘えてさっと入る。
俺の部屋からは見えないけど、風呂から部屋に行く廊下の途中にある窓から青い惑星と山吹の惑星が見える。
今晩は同じ大きさ。空は木漏れ日色。
なぜだか凄くホっとして、今日もすとんと眠りに落ちた。




