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奇妙な錬金術師は堕ちて来た平凡な転移者です  作者: 弓軸月子


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108 番外編)退屈な日々


 基本的に人間の遺伝子が混ざった生物ばかりのこの世界にも、純粋な野生種は存在している。

 ハイイログマっぽい眠そうな顔をしたそれは、軽自動車サイズでとても友好的だった。

 ザッと戯れ付かれて、その一撃でとっさにガードして持ち上げた腕が逝った。

 ふっ飛ばされて、息もできずにグルグル目を回している内に二撃目。

 遊ぼうよと首に噛みつかれて首輪が砕けた。

 それから地面ごと背中を掘るみたいに転がされ、これは死ぬかも、と思ったので歌う。

 声はまともな音にならなかったけれど、かすかに漏れ出て、いつもの四分の一位の粒々が来てくれた。

 選りによって熊に遭遇する歌だったのは……誰だってそうなるよな?

 風魔法だと思うんだけど、俺とハイイログマの間に竜巻が起きてお互いの距離が開く。

 そのまま背を押される様に風が背中を押して、歌の通りスタコラサッサッサのサと無事に逃げられた。

 旅の最中。

 俺が戻らなければイーダが迎えに来るだろうと、空が良く見える所まで逃げて倒れ込む。

 匂いを辿って来てまた襲われる可能性もあるけれど。

 両腕とも動かせず、声を出そうにも痛みでもう出せなかった。

 さっき歌えたのは火事場の馬鹿力ってやつだったのかな。

 油断しちゃったな。

 転がって空を見上げて、そんな風に思う。

 ヒューヒューと、直接喉から空気が漏れる音が聞こえた。

 視界が歪んで、物凄く眠い時に似た引きずり込まれるみたいな感覚にまぶたが落ちる。

 イーダ、死んじゃってたらゴメンな。

 死にたくもないけれど、死にたくないとも思わなかった。

 相変わらず怖さはバグったままだけれど、死ぬかもしれない事よりもその考えは少しだけ怖いと思った。

 そして意識は途切れた。



「……そう。気を失って倒れているところに親切な方が通りかかって」


 すぐそばでイーダが電話で先生に説明をしている。

 旅先の不幸な事故、で片付けるにはちょっと悲惨だった。

 近隣の村に運び込まれた俺は室内にいたから、空から捜索していたイーダには発見できず。

 目を覚ました俺は両手は使えないし話せないしで大変だった。

 荷物から電話を出してもらって、何とかイーダと連絡が取れたのは一日経ってからで。


「両手が使えないから運転も錬金もできなくてね。一人にもできないから私も動けないし……」


 近隣の医者に処置は受けたけれど、両腕は使い物にならない状態だし、声も出ない。

 カリンバを前歯とか足の指とかで弾いてみたけれど、状況が好転する様な効果はなかった。

 死なない様に生命維持的ななにかに回されている感じ?

 単純に材料不足かもしれない。

 で、俺の体の予備はビアンカさんの所にある、と。


「……そう。エルンスト」


 キベン国からエルンストさんが、俺の予備を持って来てくれる話にはなっている。

 車という名の家ごと移動なので、運転できる人が来ないと最悪の場合にどうにもできないしね。

 この電話は途中で先生と合流できないかって打診。

 声さえ出せたらどうにでもなるのだ。

 だから俺の事情が分かっていて、声が出せる様にできる人って人選。

 断られたらビアンカさんの所の錬金術師さんに事情を説明して、口止めして、連れて来るって話。


「……医師の治療と錬金術師の考え方の違いか珍しく気が立ってしまって……ああ、そうだね」


 そう、医者は腐っちゃうからって、俺の腕を切断したがったのだ。

 野生動物から受けたケガだから理屈は分かるんだけど、許容できなかった。

 だって、保存液とか皮膚を培養しておくとかの準備をしないんだ。

 切断してから生やすか義手にするか考えれば? みたいな?

 それなりに頭にキタ。


「……うん。頼めるかい? ……助かるよ」


 イーダが俺に向かって体の一部を丸型にしてきたので、どうやら先生が来てくれるらしい。

 単純に来てくれるのも嬉しいし、久々に会えるのも嬉しくて、それを伝えたいのに口の端一つ満足に動かせない。

 トントンと踵で床を鳴らして、それだけで疲れてしまった。

 あちこちが痛いと体力を消耗するみたいで、寝たり起きたりを繰り返している。

 起き上がるのも一苦労で、なにもする気にならないし、なにもできない。

 頭だけは暇で、毎日地獄みたいな考え事をしていた。

 我ながらどうかと思うので割愛するけれど、繋げたまんまのイーダが時々ドン引きして、


『イ……』


と声をかけかけて止める程度には物騒なやつね。

 底なし沼にいるみたいで、とても一人では抜け出せない。

 イーダが世話をしてくれる時に少しだけ浮上するけれど、反動で余計に沈み込んだ。

 イーダの仕事の手を止めさせているだとか、ちょっとしたことが重く圧し掛かかる。

 でもそういうのが全部バレバレなのは助かった。

 だって、分かってくれないって、そういう癇癪だけは起こさずに済んだのだ。

 とても恵まれていると思う。

 気が狂いそうだと思う程度に退屈を味わって、到着した先生に喉を見てもらい、


「首も腕も面倒だから付け替えましょうか。エルンスト、顎下と鎖骨の上、両腕とも肘の下、この辺りで切って貰えますか?」


と、普通に体に線を書かれ、


「では切断用の刃物を調達して来ます!」


と元気いっぱいのエルンストさんに驚かされた。

 待って?

 声だけ出せたら自分で治せますよ?

 付け替えと違ってリハビリも不要なんです!

 せっかく切断は断ったのに!


「たまにはやられる側の立場になるのもいい勉強になりますよ」


 それはそれは朗らかに先生は言う。

 ひょっとしてこれから泣かされるヤツですか?


「うーん、私も先日死にかけたのでなんとも言い難いです……」


 え? 俺それ聞いてない!

 エルンストさんも割と俺寄りのうっかりさんなの?


「……気を付けていてもそういう時もあるから許容して欲しいとは思う、が、みんなを心配させてしまうから仕方がないね」


 その苦笑いに隠された、大人しく反省しておこう、って副音声はしっかりと届いたよ、エルンストさん!

 それから先生が用意しておいてくれた人口声帯を埋め込んで貰って、その日の内に俺の体予備を材料にあっさりと完全復活。

 なぜか火傷の痕はそのままだったけど。


「どういう理屈なんでしょうねぇ? やはり付け替えましょうか?」


 先生は聞いてくれるけど。

 退屈な間に何度も考えていたのだ。

 あの時ダメになった物なんだからやっぱりダメだって罰が当たったんだとか。

 お前はこの世界の人間じゃないからって神様が印をつけたんだとか。

 だからかあまりどうして治らなかったんだろう? とは思わなかった。

 イーダが治ったばかりの腕にするりと巻き付く。


『在ったモノが無いのはモノがなんであれ少し寂しい気がするね』


 クラスの女子がホクロ取ってたけど、あれが可愛かったのになぁと思った思い出なら俺にもあるな。

 俺のは火傷だし広範囲で可愛げはないけど。


「ああ、歯並びが良くなったのに落ち着かない、なんて話も聞きますね」


 八重歯とか? こっちだと永久歯が折れたとかかな。

 咀嚼も噛みしめもなければ真っすぐ伸びそうだもんね、歯。


「毛並みが実は生まれつきではなく、長年のクセだったとかもありますよ」


 そうそう。母さんが片側だけ耳にかけるからハネ癖がついてしまって直らないと朝に発狂してたっけ。


『私の為に手を伸ばして負った火傷ですからね。残っていても嬉しいし、治っても嬉しいですよ』


 手を伸ばす必要もなかったんで迷惑をかけただけって気持ちだったのに、嬉しいの?

 後でゆっくり解説してもらっていい?

 まぁ、こっちの世界を知った火傷でもあるしね。


「困ってないからこのままでいいですよ」


 戒めも兼ねて。

 喉元過ぎればじゃないけれど、すっかり賑やかになった家の中、退屈な日々も悪くなかったなどと思うのだった。

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