107 番外編)子どもの成長
この世界に来て早四年。
二十歳になり、これまで間違えて飲んでしまう以外は避けていた酒を飲んでみた。
どうやら俺は、寝落ちて、起きたらリバース、だけど二日酔いはしない。
ウーヴェが持ってくるヤツはアルコール度数が低いのか高いのか。
誰も教えてくれないから分からないんだけど、何杯目で寝落ちるかが毎回違うからまちまちなのかな?
これがアルコールだろう、というのは感覚的には分かるけれど、度数の高さと味は関係なさそうに思う。
飲みやすくてジュースみたいだと思って二杯で撃沈したり、飲みにくくて強いと思っても五杯以上飲めたりする。
小人族はこれが食事だからなのか、陽気になる程度で酔ってはいないのか、酔っているのか。
「どうなんですかね?」
年末、キベン国にお邪魔して夕食の席に出たワインとか梅酒とかの類っぽい酒を片手に聞いてみた。
「主食で酔う事はないのではないかしら?」
こてりと首を傾げるビアンカさん。
「中央以外で水魔法が使えない種族にとっては水ですから」
給仕として空いたグラスにおかわりを注ぎながらマティルデさん。
「つまり食事が旨くて盛り上がってるだけだな」
本日は休暇日のエルンストさんは食事を早々に終え、部屋の端でイサキを足の甲に乗せて上下させながらラフに返答。
まるで同意を示す様にキャッキャッとイサキは笑っている。
なにそれ、楽しそう。
「エルンストさん、変わる、変わる」
食事自体は終わっているので、俺も席を立って交代してみた。
思ったよりも重くて足が鍛えられそうだな。
いつだったか俺を持ち上げて筋トレしてたし、これも筋トレなんだろうか?
「イブキ、次は水にした方がいい」
するっとイーダが近寄ってきて、俺の頭にまとわりつく。
冷たくて気持ちが良かった。
そんなに酔った感じはしないんだけど、眠たくなってきちゃったし次はそうしよう。
とっとと飲んでしまおうと、イサキを抱きかかえて席に戻り、飲みかけのグラスを空けて、
「イーダ」
とお願いする。
いや待てよ? 名前を呼んだだけだな?
水頂戴、と付け足そうとする前に、イーダがグラスに水を入れてくれる。
おお。以心伝心。
「酔ってるわね」
「酔ってますね」
「酔ってないですよ?」
「酔っぱらいはみんなそう言うんだ」
ええ? じゃあ酔ってるのかな?
「よってりゅわねぇ」
「イサキまでそれを言う?」
ビアンカさんの言葉をそのまま真似ているみたいで、意味は分かっていなさそうだ。
イサキは結構おしゃべりで、一年に二・三度しか会わない俺の事はイブキと呼んでいる。
父さんとか、パパとかもちょっといいかもと思ってたんだけど、無理だったな。
本来なら妹とこんな感じだったんだろうけれど。
「ちょ、イブキ、大丈夫?」
ビアンカさんの声にびっくりして顔を上げたらポタポタっと頬っぺたになにか落ちた感触。
なんだろ?
あ、涙か。
「大丈夫、大丈夫。あれ? なんだろ? 止まらないなぁ……」
焦って袖口で目元をこすったら余計に出た。
「妹さんの事を考えていたようだけれど?」
そうだった?
そうだったかも。
イーダが言うのだからそうなんだろう。
「あー、ホントならイサキと同じくらいだったなって」
毎年、落ちて来た日に両親と少しだけ話せるのだけれど、今回はそこに妹も加わっていたのだ。
俺にも妹にも兄妹という感覚はなく、顔立ちとか空気感とかで血は繋がっているのを肌で感じはするけれど、程度で。
「タメになってたし、まぁ家族ったって他人なんだけど、モロに他人て感じだったから二人とも困っちゃって」
両親からしたら兄妹だから余計に変な雰囲気になっちゃったんだよな。
俺からしたら話を聞いていただけで。
妹からしたら十六で死んだ兄の顔を写真で見ていて、七年に一度夢に見るのだと聞かされていただけで。
「初めましてって挨拶したら、母さんは泣き出すし、父さんはまぁそうだよな、とか笑うしで」
なんだか知らないけどポロポロ涙がこぼれるので水分取らないとと、水を飲む。
「この水、なんか異様に美味しくない?」
なんなの? イーダマジック?
「普通の水だよ」
イーダが笑って飲んだ分だけ水を追加してくれた。
「ないてるの? イタイノ?」
イサキのおでこに涙が落ちてしまって、見上げて聞かれたので、
「痛くないよ」
とおでこを袖で拭いてやる。
「え? イサキは今、痛くないか聞いたの?」
ビアンカさんが声をひっくり返して聞くので、思わず笑ってしまった。
「痛いのって聞きましたよ? 舌っ足らずで可愛いですよね」
ねー?
とイサキの脇に手を入れて、涙がイサキの上に落ちない様に横向きに抱き直す。
俺の涙腺の蛇口は壊れたままだ。
ズビッと鼻をすすると、体勢が変わって顔が良く見える様になったイサキが頬っぺたを触ろうとする。
「濡れるからだーめ」
顔を後方にずらして避けたら不服そう。
「イタイノイタイノトーイオーソレトーテケー」
うっわ、可愛よ!
痛いの痛いの遠いお空に飛んでいけ? だよな?
曖昧なところがまたイイ!
おかげで俺の涙は止まったのだけれど。
「イブキ! 大変!」
今度は大きな声のビアンカさん。
おう、どした、どした?
イサキから視線を移して気が付いた。
「うわぁー……」
ついでにやっぱり酔っぱらってたみたいで、酔いが覚めた。
状況のせいじゃなくて、プカプカと浮かぶ粒々が俺に吸い込まれていったからだろう。
「……イサキさん? ひょっとして日本語で歌ってた?」
パチパチと瞬きをした後に、涙の止まった俺ににっこり笑顔のイサキ。
可愛いけれども!
「ちょ、どうするの、これ!?」
「殴って脳に衝撃を与えれば……!」
「覚えたてなら効果的かもしれないけれど、いつ覚えたのかも分からないのよ!?」
「落ち着いてください!」
保護者達は阿鼻叫喚である。
「ゴメン、熱出した時かも。下がんなくて呼ばれた時の。グズグズに泣いてたから寝かしつける前に歌ったの覚えちゃったんだと思う」
素直に心当たりを自首して俺も保護者の阿鼻叫喚に加わったのは当然の成り行きだ。
途中で話し合い自体を耳に入れるのもヤバい事に気が付いて、マティルデさんがイサキを部屋から出した。
話し合いは深夜に及び、最終的に薬系の錬金術師さんを叩き起こし、ここ半年のイサキの記憶に蓋をしてもらう暴挙に出ました。
せっかく言葉を発し始めたのに気の毒だし申し訳ない。
一瞬虐待の文字が頭を過ったけれど、イサキの安全を考えたら他に方法が思い浮かばなかった。
ついでに音については追々教える事が正式決定。
分別が付く歳になったら色々と言い含めないと、と、ビアンカさんは今から頭が痛そうだ。
俺もこれからは十二分に気を付けないと。
思い出しちゃう可能性もあるし、例えば六歳くらいでまた歌い出したら今回みたいな手は使えない。
俺も久々に保護者達に怒られて、なんだか複雑な気持ちになりました。
いい歳してすみませんっした!
明け方近くになって、誰にも内緒で……イーダにはバレたけど……イサキの部屋に入り込む。
ぐっすり寝ているのを確認して小さく歌った。
浮かんだ粒々にお願いをしておく。
もしもこの子が歌っても、今はまだ何もしないで。
見れば分かる様になった魔法の粒は、全種類が固まって一つになって、イサキの体にそっと消えていった。




