104 番外編)友から知らされる真実(前)
「たまごが食いたい」
朝パンをかじりながらうっかり言語化したら、そうでもなかったのに猛烈に食べたくなってきてしまった。
こっちで主食っぽい酸味のある灰色のパンにチーズとハムは確かに美味しい。
が。
食パンにぐるっとマヨネーズで壁を作って生卵を落とし、コショウを振ってオーブンで焼いたやつが恋しい。
『たまご? 鳥獣の奥さんの所に予約しに行くかい?』
「奥さん、最近旦那さんにときめかないから定期的に産卵しないんだって!」
毎回は気が引けるから三回に一回くらいのタイミングで買いに行ってたんだけどね。
水の国では普通に妊娠出産をするけれど、人間のそれとはちょっと勝手が違う。
基本的に卵は産まなくて、母体で育って生まれてくる。
そこに、一番多い遺伝子の誕生状態に引っ張られる傾向らしい。
簡単に言えば、牛とか馬とかが強いと生まれてすぐに立てたりとか。
人間が強いと本当に見た目が違うだけの普通の赤ちゃんで、可愛らしいとも思える。
だから旧中央が法律で去勢したり、繁殖は医者や錬金術師の仕事だったりに、闇が深いなんて思ってた時期もあった。
瞬間沸騰して嫌悪感持ったらダメだったよね。
知れば頷ける部分もあったのだ。
長年の遺伝子組み換えによる流産や死産、母体の危険。
うわぁと思ったのは共食いかな。
生まれた直後に子どもが親を食べたり、子どもが多すぎて親兄弟が何の気なしに食べちゃうとか。
どっちがいいとかは今でも言い切れない。
そうやって複雑な気持ちになるのは俺が俺の常識を相手に当てはめてしまうからで、身勝手な話だ。
嫌な場面がチラッと頭を過ったので、トントンと手のひらで眉間を叩いて、はいリセット。
現実逃避かもしれないけれど、俺がなにかしてもどうにもならない事をぐしゃぐしゃ考えても仕方なし。
今は卵、卵。
鳥獣さんたちは卵を産み育てる訳ではなくて、卵は無精卵で排卵の意味合いが大多数を占める。
ときめかないからってのは、冗談と本当の半々かな。
発情しないのもあるし、ホルモンバランスだとか、年齢的な事もあるみたい。
ちなみにこういう話、最初の頃はきゃーきゃー騒いでいた俺ですが、今では切り離して考えられる様になりました。
少しは成長したと思われます。
「培養するにしても研究用に卵が必要だし、ちょっと情報収集してみるかな……」
分けてくれる人はいるけれど、何となくそれを研究に使うのは気が引けて、購入する方向で動いてみる。
塔近くの食料品店や食堂、鳥獣さんにあれこれ聞いてみたら、木の国の近くに卵を販売している店があるらしい。
早速行ってみよう!
ってサクッと行ける距離じゃないんだけどね。
木の国にも塔はあるけれど、木の国側に出るとゴーカートの貸し出しがない。
ビアンカさん情報だと、ロープウエーで木の国の隣にある元中央・現クラスニキ国に出てゴーカートを借りるのが早いとか。
元中央の各国、出国はガバガバだけど入国はそれなりにうるさいから錬金術師の職をフル活用。
入ってて良かった錬金術師組合。
水の国の塔で駐車場を予約して、ついでにクラスニキ国行きのチケットも購入。
当たり前だけど通常便にしたから時刻表も忘れずに事前確認。
スマホでサクッと検索できないから何度も確認して、通りすがりのシャチの職員に抱き着かれる事二回。
抱き着かれついでにクラスニキ国の塔に連絡を入れて貰ってゴーカートのレンタル予約を入れて貰った。
それから噂の卵が売っている村から一番近くに住んでいる錬金術師さんを探して交渉。
念の為二泊お願いして、対価は一人探索の時に見つけたちょっと珍しい隕石を俺の拳サイズで。
入念な事前準備のおかげかびっくりする程旅程はスムーズだった。
水の国からクラスニキ国に行ってすぐに水の国に入る感じ。
一瞬木の国の土地も踏んでるんだけど、国境がガバガバなのでよく分からなかった。
景色的にも水の国っぽくはないんだけど、木の国っぽくもないのかな。
気温も中央に近い常春感。
順調に行かなければ先に錬金術師さんの家に寄るって話だったんだけど、超順調だったので村に直行。
あ、これ、村じゃなくて町だな、と思ったのは、木と木の間に壁が作られていて、ぐるっと囲われていたからだ。
町の出入り口は二ヵ所で、一応監視員みたいな人も座っている。
「こんにちは!」
相変わらず俺の恰好は奇妙らしく、監視員さんがこちらをジロジロ見ながら立ちあがった。
「こんにちは。なんだ? どこからなにしにきた?」
シャチさんの姿がないけれど、話すだけでいいのかな?
一応身分証を見せながら答える。
「卵を販売してると聞いて、水の国内の山間部の先、端の方が近い辺りから来たんです」
イーダも身分証を見せて同行者とだけ伝えた。
「そんなに遠くから? ここは鳥獣人が多くてな。この道を真っすぐ行くと池がある。その周りのどこかに卵の出店もある」
問題がなかったからか、どうやら町には入れて貰えるみたい。
言われた方向に進めばすぐに池に行き当たった。
人口池なのかな。
プールみたいだ。
凄く綺麗な作りだし、水も真水っぽい。
言われた通りに池の周りには転々と店がある。
敷物の上に商品が置いてあるだけのフリマスタイル。
店主も敷物の上に座ってるけど、店主は売り物じゃないよな?
金銭じゃなくて、小麦を渡してパンを買うみたいな物々交換。
ツルで編んだ籠や、果物なんかも売っている。
ゴーカートどうしようかな、とキョロキョロとみれば、一台別のゴーカートが停まっているのが見えた。
駐車場ではなさそうだけれど、邪魔にもならなそうだから近くに停めさせて貰おう。
近づいたら、すぐ近くに卵屋が居た。
「あ!」
「あ!」
店主と目が合うと同時に声が出て、それは相手も同じで。
失踪した元全身タイツ部隊員の鳥系獣人、ドミニクが卵に囲まれて座っていた。
「ドミニク、久しぶりですね」
驚いている間にイーダが普通に挨拶をし、その流れでなし崩しに会話は進む。
「イーダさん。お久しぶりです」
「元気そうでなによりです。イブキ、卵が売っているよ」
「……あ、うん。売ってるね。一種類じゃないんだな」
「そう。この辺りの姉さんらの卵。サイズ毎に分けてるんだ」
ウズラからダチョウ、ガチョウ? 分かんないけど、指でいけそうなのからトンカチで割らないとダメそうな卵まで、各種取り揃えておりますって品揃え。
右から左へ大きさ順、手前から奥へ新しい順。
それぞれの数は多くはないけれど、種類は豊富。
ウズラとニワトリしか見た事も食った事もないから悩むな。
うーんと、卵を持っては持ち心地を確認する俺を置いてイーダはあれこれ聞いていた。
「売れますか?」
「はい。この辺りの木の妖精なんかが殻を欲しがるのでそれなりに売れます」
肥料用?
元の世界の、近所の家の前にびっしり並んだ鉢植えのその上、びっちり並べられた卵の殻を思い出す。
「確かに良い栄養になりそうですね。イブキは中身を食べるのですが、住んでいる地域にはあまり鳥獣人がいませんから、培養を考えているところなのです」
「中央って卵屋ありませんでしたっけ? 火の国寄りの方に」
「イブキは今は私と水の国に住んでいるので……あれは食べ物屋ではなく薬屋ではありませんか?」
えー、ビアンカさん売ってないって言ってたのに!
そして、ドミニク、俺には雑な喋り方なのにイーダには割と丁寧だな。
じとっと睨みながら食べられそうなヤツを十個と、運搬が楽そうな殻が硬いヤツを何種類か選ぶ。
「そっちは三個づつで。支払いは金と物どっちがいい?」
「錬金素材イケる? ダメなら現金で」
「イケるイケる」
手持ちがなければ宿泊先で作業場を借りればいい。
欲しいのはゴーカート用と池用で種類はなんでも良いと言う。
「え? あれ、錬金術品?」
池用に驚いて聞けば、
「どうだろ?」
とドミニクが首を傾げるので、俺も一緒に首を傾げた。




