101 番外編)世界の端
イーダが世界の面積が減っていないかの確認に出る時期だと言い出した。
「は? 面積が減る?」
『……減るよ?』
そんな風に返されるとあっちこっちにある俺の常識が揺らぐんだけど?
地球って面積って変わらなかった……よな?
海水が上がって地表面積が、みたいな話は聞いたことがあったっけ。
『闇の天体の引きが強いと大地が削れるんだよ。雲族でもないと落下して死ぬ恐れもあるから、五十年に一度程度確認に行っている。今現在の雲族の地形学者は私一人だしね』
あ、やっぱり海岸線の測量みたいな感じかな?
地球みたいに丸くないからこうバツっと崖とかなんだろうけど。
「俺も着いて行ってもいい? 見てみたい」
『……行けるんだろうか……?』
なにその不穏な回答?
イーダにとっては確立された方法があるから命がけという訳ではないらしい。
『砕いた熱光石を体内に満遍なく配置して、一時間に一度水魔法で補給をする』
「それやらないとどうなるの?」
『凍って地面に還る』
思わず足元をみる。
雪に似た溶けない雪砂ってひょっとして……。
『同族の亡骸が含まれている可能性はあるよ』
「歩きずれぇよ!」
行けるなら同行してもいいと言うので色々調べてみた。
なんでも空気が薄くて気温が低いらしい。
標高の高い山に登るみたいな感じ?
ビアンカさんに聞いてみたら、地球の宇宙服みたいなのが存在してた。
図面を送ってもらったら服じゃなくて箱だったけど。
もう少し動ける形状にしたくてあれこれ考える。
最初に宇宙服と思ったから割とすぐに改良案は思いついた。
俺だと設計図を一から作るの無理なんでビアンカさんに投げて、翌日には図面が届く。
「めちゃくちゃ早くないですか?」
『楽しかったわ』
後ろでマティルデさんが仮眠を取ってくださいと叫んでいたのでそっと電話を切ったのは言うまでもない。
水の国では亡くなった獣人さんの皮なんかも販売している。
防寒性の高そうなのを購入して、俺より一回り大きい着ぐるみを作った。
蛍光オレンジっぽい色なので目立つしいいんじゃないだろうか。
形状とか考えるのが面倒なので、全身タイツ部隊の制服の設計図を流用。
ヘルメットごとすっぽりなので顔周りは気にしなくて良さそうかな。
空気の排出だけする様に表面に塗布する薬剤を錬金術で作り、酸素ボンベになる背負うタイプの箱を取り付ければ完成だ。
箱はそれ程大きくはないけれど、転送石で空気を取り込み続ける機構と、その空気を温める機構を組み込んである。
行けるところまでは車で行って、そこから先は徒歩。
地面の終わりの近くまで行ったら、木や岩に落下防止ロープを取り付ける。
これは巻き取り式にした。
ここまでやっても、行けるところまで行ってみて、ダメなら引き返すのが条件。
しかもイーダではなくビアンカさんからの条件だ。
相変わらず過保護だな、なんて思ったけど、イーダもそれなら安心だって言うから、まぁ、危ないんだろう。
旅の移動は毎日時間を決めて。
午前中に三時間、昼飯を食ったらまた三時間運転。
それからおやつと散策。
素材を採集したり食料を調達したり色々だ。
その間にイーダに、三時間以内で到着可能な範囲の、安全に寝られそうな場所を確認してもらう。
合流したらお互いの良きタイミングで移動。
車を停めたら採集した素材を燃料にしたりして片付けて、明日の為に車の確認をして就寝。
眠くなければ電話をしたり、のんびり空を眺めたり、時々カリンバを鳴らしたりもする。
今回は目的があるからどこかの村に寄る事もなく、毎日そんな感じだった。
『ここから先が世界の端と言われている地帯だよ』
目的地に到着して車を降り、そう説明してくれたイーダにこくりと頷くしかできなかった。
不自然に木々が無くなり、雪砂はそれこそ砂が海にさらわれるみたいに、少しずつ形を変えて暗闇に吸い込まれていく。
ゴウゴウと、そこから先の世界は異なるのだと告げる様に、巻き上げられた雪砂は空中で不自然に軌道を変えて消えた。
元の地面なのだろう、黒い色をしたゴツゴツとした地面が見える。
『ここを拠点に、右の土の国方向と左の木の国方向を調査する』
東西南北みたいな言い方がないからちょっと分かりにくい。
いつか聞いたこの世界の形はひし形で、ここは頂点にあたる部分なんだって。
土の国だ木の国だと言ってはいるけれど、方向を説明しただけで、調査は水の国内だけらしい。
俺もせっかくここまで来たのだからと、落下防止ロープを木に括り付けて歩いてみる。
木の妖精さんの姿も一昨日から見かけないし生物の気配もない。
境界線みたいな木々の切れ目から一歩足を踏み出せば、ぎゅっと足が埋まる感覚があった。
『ずっと雪砂が流動している状態だから重みで沈むのかもしれない。気を付けて』
イーダにはちょっと分からない感覚みたい。
新雪を踏むのにちょっと似ている。
上から押さえつけるみたいに一歩づつゆっくりと進んだ。
背中を押されるんじゃなくて、前に軽く引っ張られているみたいな感覚があって、気を付けないと本当に吸い込まれるかも。
防護服から排出される俺の吐いた息とかが一瞬で凍りついてハラハラと散り、気付けば全身白かった。
着ぐるみのおかげで寒さや息苦しさは感じないけれど、人間が来ちゃダメな感じがこう、ヒシヒシと。
本能的なモノなんだろうな。
いよいよ端っこに近づいたら、引き込みが強くなった気がして膝をつく。
イーダが心配してくれたけれど、そうなっちゃったんじゃなくて自分からそうしたから大丈夫。
ゴツゴツした地面はとても硬くて、本当に地形が変わるんだろうか? と思う。
乳幼児のハイハイみたいにそのまま進んだ。
端の端では落下防止ロープを引き試して再確認してから、ほふく前進で覗き込む。
世界の端。
断崖絶壁。
下には当然海なんてなくて、変わりに真っ黒い空間が広がっている。
飲み込まれそうな黒の中に、ぼんやりと光が見える。
月よりも明るくて太陽よりは暗い。
けど、眩しい。
迎えに来てもらったみたいな気持ちになって、別の意味でも光に吸い込まれそうだった。
さすがに怖くなってそのままズリズリと後退する。
安心できる所まで移動してから体を起こしてペタリと尻もちをついた。
『イブキ、大丈夫かい?』
真上に来てイーダが何度目かの心配の言葉。
「大丈夫! なんか感動した! 自然は人間にはどうにもなんないんだな! 勝てそうもない!」
思いつくまま口に出したら楽しくなってしまってゲラゲラ笑ってしまった。
イーダも、
『それはそうだ』
とつられて笑う。
貴重な体験だった。
結局若干の地形変動が見られるとかで一ヶ月程滞在した。
一番衝撃的だった話は、元の惑星と落ちて来た地面の間にゴミ用の転送先があるんだって。
日々ゴミで隙間は埋められ、あふれ出てもブラックホールに吸い込まれるから大丈夫って話。
一応あふれ出ている様子はないらしいんだけどね。
以降トイレを使う度に複雑な気持ちになりました。
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番外編は不定期更新になります。
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