100 続いて行く日々
水の国は相変わらず。
長期の不在を心配される事もなく、戻って来た事を驚かれる事もなく、日常にすっと戻った。
そうそう、木の妖精さんの言語が翻訳機に入ったんで、気が付く様になったら意外と多いんだよね。
山の中で一人だと思ってた時は平気で歌ったり、演奏したりしてたからちょっと恥ずかしい。
俺、他に変な事してなかったよな?
イーダの家を起点に点在する村や町をふらふらしながら畑仕事をする生活。
「あ! 錬金術師の! ちょうど良い所に!」
居なくても問題はないんだけど、居るなら頼み事はあるみたいな感じで、それなりに需要はあった。
塔に近いと道具系、中間地点は薬系、山の方なら生命系と幅広く。
専門バカって憧れるんだけど、俺には無理だったな。
浅く広く、困ったら即電話。でも知識は増えたと思う。
誕生日にはテレビデンワで、時間を決めて顔を見ながらみんなで食事をした。
先生はようやく落ち着いて、落下前の生活に戻りつつあるって。
ビアンカさんは国内に配置した領主館を転々としているらしい。視察的かな?
イサキとマティルデさんは城でお留守番。
イサキの誕生日って五月の終わりか六月の頭なんだけれど、ある程度育てば二ヶ月なんて誤差だって、俺と同じ日が誕生日になってた。
だから先に誕プレを、ウーヴェに教わって作ったいろんな形の積み木なんだけど、二週間前に塔から発送しておいた。
まだ届いていないらしい。
多分出入り業者の誰かが持って歩いてるんじゃないかって話で、荷物の心配をしたの俺だけだったけど。
いまだに日本の基準で物を考えちゃうのは抜けない。
エルンストさんは七国連合の拠点に出張中。
ついでだからと、カトリンさんとベンヤミンさん、マルレーネちゃんも映してくれた。
俺の誕プレ用出張だったのでは? とは思ったけど、口に出したら野暮? かと思って、とても嬉しいと言葉にして笑う。
みんな元気そうでよかった。
こっちはこっちでイーダとウーヴェと三人で手を振ったりして、和やかな誕生日になった。
落ちてきて二年目の、また両親に会えるかもしれない日は、前回の反省を踏まえて事前にエルンストさんを召喚。
一年に一度ってのが七夕生まれの宿命みたいでちょっと面白い。
今年はなんと丸二日眠っていた。
エルンストさんを呼んでおいて本当に良かったと思う。
去年、俺と会った両親は、それが夢でも、現実に起きている事だと確信して、安心したらしい。
伊吹も少し早めの独り立ちか、やっぱりもう一人子どもが欲しいわね、となった母親はその時四十一歳。
なんか日本の不妊治療の保険適用って四十三歳らしくて。
本当に欲しいなら急がないとね、なんて、しばらく分けていた寝室を一緒にしたんだそうな。
まさかの即妊娠で、翌年には俺の妹、翠ちゃん爆誕。
そこまでは微笑ましく聞いてたよ。
俺に妹が出来たんだ、とも思ったし、両親も嬉しそうだったし。
でもね。
俺には一年でも、向こうでは七年で。
来年から小学校に通うのだと告げた両親が、みるみる七年分の歳を重ねていって。
ああ、伊吹には一年だものね。十八歳? 成人おめでとう。大きくなったんじゃない? 逞しくなって。
なんて言われて。
天の川越しの会話なんて本当は声が届く距離じゃないのだ。
こっちの空に浮かぶ青と山吹の丸みたいに、ベガ(おりひめ星)とアルタイル(ひこ星)の距離は、近くに見えるだけで、遠い。
両親と俺も。
「計算したんだ。俺が二十歳になったら、妹も二十歳になる。俺が二十五になる頃には両親だってもう死んでいるかもしれない」
やっぱり会うべきじゃなかったのかな。
でも会わなければ今でも生きていると願って、妹は生まれなかったかもしれない。
去年の一度きりにして今年は会うべきじゃなかった?
それだとまた死んだと思って悲しませないかな?
フェードアウトするみたいに、来年は会わないでおく?
妹に手がかかって俺の事なんて忘れたらいいけど。
忘れられちゃうのかな?
毎日思い出して欲しいとかはないけど、たまには思い出して欲しくて、どこかで死んだのだと悲しまれるのは無理で。
イーダとエルンストさんにぽつりぽつりと話して、起きてからも二日ほど動けなかった。
久しぶりに、怖かったのだ。心の底から。
なにがとかは分かんないけど。
怖かった。
怖いってこんなに怖かったっけ? って思う程度には怖かった。
「向こうも会いたがっていなければ会えないんじゃないか? 気が済むまで会いに行けばいいし、会えなければ時間をかけて諦めればいい」
エルンストさんはそう言ってご飯を食べさせにきたし、
『私はいつ死ぬのかも分からないからね。見送ってばかりだけれど、思い出もよいモノだよ』
イーダは時々巻き付いては何か言って、すぐに離れてひとりにしてくれた。
イーダの言葉は寂しい言葉ではあったけれど、なんだか沁みて、同時に安心もしてしまった。
いつかは見送って貰えるのかって。
それはイーダにとっては酷く残酷な話かもしれない。
俺がもう少し歳をとって、誰か大切な人が死んでしまって、そうしたら、少しは気持ちが分かるのだろうか。
起こってもいない事でウジウジしてても仕方がないと、頑張って日々に戻る。
年越しは、先祖もいないし水の国流でやる意味もあまりないねとイーダと話し合い、車でビアンカさんの所にお邪魔した。
帰りは水の国に戻り、そのままぐるりと錬金術の仕事をしつつ水の国を回る旅に出る。
イサキの件も両親の件もあるから長くても半年の期限を決めた旅。
途中で熊みたいな生物にゴンゴンと車に体当たりをされて、タイヤが破裂した時はちょっと終わりを感じたっけ。
恐怖が少な目な人になってて良かったよなぁなんて、しみじみ思ったよね。
「出張錬金術師さん? 錬金術師さんでいいのよね?」
「そうですよ。土地に店を持たないので、店ごと移動してるんです。なにかありました?」
「来週娘の結婚式があるのだけれど、水の国って製造・複製機の配布がないでしょう? 困ってしまって」
「あれ? 中央の人?」
「ええ。移住してきたの」
二足歩行ではあるけれど、猫がエサに釣られて二足で立つみたいな不自然さがあって、暮らし難かったのかな、と思う。
「錬金術師組合が中央にあるので中央価格に合わせる決まりになっているんです。これが料金表。大体同等価格になれば素材とか食料でも大丈夫」
「あら。ふふふ。ありがとう。それなら食料を取って来ますね。……中央は相変わらずなのね」
「そうでもないですよ。まだまだ格差はあるけれど、平等であろうと頑張っているんじゃないですかね。奥さんも。四足歩行の方が綺麗そうだけど」
俺に合わせて二足歩行をする意味はないのだ。
すとんと四足歩行になった奥さんは、予想通り競馬の馬みたいな綺麗さで。
「ありがとう、奇妙な錬金術師さん」
にっこり笑って食料を取りに走って行った。
***
お読みいただきありがとうございました。
今話で本編は完結です。
改めて活動報告を更新する予定ですが、日が開きそうなので取り急ぎこちらでも。
こちらは不定期になりますが、番外編を更新予定でいます。
また本作にお立ち寄りいただけましたら幸いです。
ここまでお付き合いいただいた皆様、
本当にありがとうございました。
多謝。




