半年の決意
仕事帰り、気分が沈んだまま歩いていると声をかけられた。
「ソフィア、よく会うね!」
嬉しそうな声に顔をあげるとメルヴィルがいた。
「ごきげんよう」
ぺこりと頭を下げ、立ち去ろうとする。
「おいおい、つれないな。夜道に一人は危ないし、送って行くよ」
そういうと横に並んで歩き出した。
「大丈夫だから、家も近くだし。私、結婚したのよ」
だから送るとかいらないと言いかけたが、昼間のことが頭を掠め、声が小さくなった。
たしかに結婚しているが、私たちの結婚は両想いの人たちがするものとちょっと違うかもしれない。
レオンはあくまで私が助けを求めたから結婚してくれたわけで。
こちらも婚約者や彼女の有無は確認したけど、好きな人がいるかは聞かなかった。
なので、もしレオンに好きな人がいて、その人となにかあっても、それは心変わりや浮気とは言えないし、むしろ私が邪魔者なのではないだろうか。
自分の考えに首をもたげていると、目の前にキャンディが差し出された。
「えっ?」
顔を上げるとメルヴィルがにこりと笑った。
「元気ないみたいだから。レオンと喧嘩でもした?話なら聞くよ」
メルヴィルは根っからの貴族で結婚などに関する感覚は全く違う。
でもこういうところは純粋に優しい。
そして女たらしなのだ。
メルヴィルは本当に誰にでも同じことをする。
例えば小さい女の子でもご老人でも。
女性なら誰でも。
しかし今はそれに気が緩んだ。
「キャンディいつも持ち歩いているの?」
思わず笑ってしまう。
キャンディなら年齢関係なく喜ばれそうだし。
「よかった、笑ってくれて。ソフィアには笑顔が一番だよ。泣いていたらかわいい顔が台無しだ」
そういうこともさらりと言ってのける。
この笑顔と言葉に何人の女の子が泣かされたことか。
そんなやり取りをしていると、家のあたりに着いた。
「ありがとう、いろいろと気を遣ってくれて」
キャンディのおかげで気が紛れたのは事実だったので、素直にお礼を言う。
「ねぇ、ソフィア。振られたくせに厚かましいのはわかっているけど、君がレオンと結婚して幸せになれるのか心配なんだ」
メルヴィルが真剣な顔をして言う。
彼はいつもよく言えばにこにこ、悪く言えばへらへらしているから、真剣な表情に戸惑う。
普段とは違う様子に小さく息をのんだ。
「何かあったら僕のこと思い出して」
手を取ると、またひとつくちづけを落とし、去って行く。
他の人がやってもサマにならないかもしれないが、不思議とキザな振る舞いが似合うのがメルヴィルである。
その後ろ姿を見送り、ぽつりとつぶやく。
「幸せになれるかか」
大好きだったレオンと結婚できて、幸せになれると思い込んでいた。
というか幸せを感じていた。
メルヴィルが心配しているのは身分差の話だろう。
メルヴィルは家事はお手伝いさんにしてもらって、女の子は家で優雅にくつろぐのが幸せだと思っている。
そして私が今までの生活と全くちがう生活に耐えられるのかと聞いているのだ。
それはなんの問題もなかった。
元々身分にこだわりはないし、レオンがいるならどんな生活だって楽しめる。
しかしもしレオンに他に好きな人がいるのならば…
「地獄かも」
顔を上げる。
決めた。この半年でレオンに私を好きになってもらう。
できなければ、その時は…
レオンと離婚する。
レオンを解放するのだ。