料理のレベル
買い物から帰り、夜ごはんの仕度を始めようとする。
するとレオンがキッチンに立ち、私をリビングへと誘導する。
「休みの日は俺が作る。座っとけ」
「え?レオン、料理できるの?」
驚いて目を丸くする。
「まぁ簡単なのなら。俺の家はお手伝いさんとかいなかったし、母親が毎日作ってくれていたから、たまに俺や父親が作っていた」
「そうなの…」
私の家は料理人が作ってくれていた。
そのため実は結婚前に慌てて練習したので、料理の腕前は初心者中の初心者である。
しかしレオンの胃袋をつかもうと必死に挑戦していたが、もしかしてレオンの方がうまいのだろうか。
恥ずかしさで顔が熱くなる。
てっきりレオンも料理はしたことがないと思っていたので、初心者であっても私が作ったほうがいいと思いこんでいた。
キッチンを覗き込むと、手際よく野菜を切っているのが目に入る。
うっ、本当に私よりうまい。
軽快な音を立てて、野菜が均等に切られていく。
私はもっとゆっくりで不揃いなのに。
悔しさで目を眇めてしまう。
「ほら座れって。いつもやってくれているんだから、休みの日くらいのんびりしてろ」
口調は相変わらずだが、言っていることは優しい。
レオンが料理しているところを見ていたい気もするが、己との力量の差を感じ、恥ずかしさで直視できないかもしれない。
大人しく、リビングのソファに座る。
だんだん炒める音や香ばしいにおいがしてきて、なんだか気持ちがほっこりしてきた。
うつらうつらしてきて、つい目をつむる。
そういえば、この一週間は慣れない家事を頑張っていたから、妙に気が張っていたかも。
ずっと好きだった人との結婚生活に緊張もドキドキもしていたし。
ぼんやり考えていたら、いつの間にか意識を手放していた。
「ソフィア。できたぞ」
優しい呼びかけにうっすら目を開ける。
すると目の前にかっこいいレオンの顔があった。
「わっ」
びっくりして、急に意識が覚醒する。
慌てて立ち上がろうとすると、何かが滑り落ちた。
それを手に取り、持ち上げる。
「レオンがかけてくれたの?」
私が普段使っている毛布が掛けられていたのである。
「他に誰がいるんだよ」
レオンが笑う。
「そっ、そうだよね。ありがとう」
料理をしながら、私に布団まで。
いい夫過ぎる。
この結婚生活で私のことを好きになってもらうはずが、レオンの方がよっぽどいい動きをしている。
それどころか私は日頃仕事で疲れているはずの夫に料理を作らせ、爆睡とは。
最低すぎる。
頭を抱えていると、レオンが私に声をかけた。
「冷めるから食べよう」
「あ、うん。いただきます」
せめてこれ以上、醜態はさらさないようにしなければ。
急いで、ダイニングテーブルに駆け寄る。
「わぁ、おいしそう」
テーブルに並べられたご飯を見て感嘆する。
私が作ったものより、よほど手の込んだおかずが並んでいる。
食い入るようにごはんを眺めていると、お腹が鳴った。
羞恥で顔が赤くなる。
「ちがうの、おいしそうだなと思って、それで」
あたふたと言葉を発するが、レオンが笑う。
「べつに悪いことじゃないだろ。食べよう」
「いただきます」
席につき、チキンのソテーを口にする。
バジルソースがかかっていて、見た目も華やかである。
「おいしい!」
たまらずレオンに向かって叫ぶと、レオンが照れくさそうに笑った。
「本当においしい。これソースも自分で?」
「そう」
「全然簡単なものじゃない…」
他のスープなどもコクがあり、おいしい。
口に運ぶ度に感動して、レオンに感想を伝える。
「それだけ喜んでもらえると作り甲斐がある」
口をもぐもぐさせていると、レオンが優しい顔で私を見つめていた。
その表情にドキリとし、ごはんをのどに詰まらせる。
「おい、大丈夫か?」
ごほごほとせき込み、涙で視界がにじんだ状態で飲み物をつかんで飲み干す。
「あっ、ばか、それ白ワイン。そんなに一気に飲んだら」
レオンの慌てた声を最後に私はばたりと倒れ、意識を失った。