出会った日
メルヴィルと川沿いまでやってきた。
そろそろ日も沈み出す夕方で人はまばらだ。
ゆらゆらと流れる川を見ながら、メルヴィルが口を開く。
「この川でさ、初めてまともにソフィアと会ったんだけど覚えている?」
川?メルヴィルの問いに首を傾げる。
「私たち同じ学校だったよね?」
「確かにそうなんだけど、学生時代は話したことなかったでしょ」
「そうね…」
卒業して、なぜかある日から突然メルヴィルに話しかけられるようになったのだ。
職場とメルヴィルの家が近いせいで遭遇するようになったのだと、あまり気にかけていなかったが。
てっきり話しかけられるのも、卒業して同級生に会うことも減ったから親しみを持たれているのだと思っていた。
「初めてちゃんとソフィアと話したのはここ。
卒業して、半年ぐらいだったかな」
「ううん…」
はっきりと覚えていない。
この川は職場から実家に帰るまでの道で毎日通っていたので、ここで話していても不思議ではない。
「雨の日に土手から滑ったご婦人を助けようとして、捻挫しちゃったんだよ」
「あっ、あの人メルヴィルだったの?!」
その人は覚えている。
大雨の日に足を捻って、うずくまっている人がいたのだ。
なんせすごい大雨で、髪も乱れていたし、こちらも必死だったので顔をよく見ていなかった。
その時、その人に応急処置をした。
その人が助けたご婦人の家が近く、その人にお礼をしたいと言ったので、そこまで肩を貸した。
「ソフィアは僕が誰か分かっていなかった。貴族だってことも気付いていなかったと思う。だけど助けてくれた」
「そんなのあの状況見たら誰でも…」
「ちがうよ。実際僕とご婦人を通り過ぎて行った人は何人かいた。大雨だし、みんな急いでいたから仕方ない」
メルヴィルが私を真っ直ぐ見つめる。
「けどソフィアが立ち止まって声をかけてくれたこと。助けてくれたこと。全てが僕には特別だった」
息をのむ。
「でも私は救護団だから、職業柄っていうのはあると思うわ」
ずいぶん高く評価してくれている気がして、反対に気が引ける。
「そうかもしれない。でもあの時その場にいて助けてくれたのはほかでもないソフィアだよ」
「あの日から僕はソフィアのことが好きだ。レオンより幸せにするし、苦労させない」
メルヴィルが私の手を握る。
「僕と結婚してくれませんか?」
結婚自体はレオンと結婚する前にも申し込まれた。
でもあの時はただ、メルヴィルは私が伯爵令嬢だから言ったのだと思っていた。
けれど、まさか本気で私自身を好いてくれていたとは。
あの時もきっと彼なりに真剣に勇気を出して言ってくれたのに、全然取り合わなかった。
あげく、ろくに話も聞かず断って、すぐさまレオンと結婚した。
メルヴィルはどれほど傷ついただろう。
申し訳なさに小さくなる。
握られた手に力が入る。
「ごめん、私はあなたのこと誤解していたわ」
「いいよ。ちゃんと話をしなかった僕も悪いし」
メルヴィルが優しく微笑んでくれる。
その笑顔を見て、胸が締め付けられた。
メルヴィルの目を真っ直ぐ見つめて、口を開く。




