結婚の意図
すれ違う人たちの視線を感じる。
「騎士団のレオン様じゃない?」
「隣の方が噂の奥様かしら?」
ひそひそおばさま方の声が耳に入る。
休日に二人で買い物に出かけたら、街行く人々から興味津々で見られている。
陽の光でシルバーアッシュの髪がキラキラと輝いているレオンは目を引く容姿であり、騎士団としても知名度が高いのだ。
ちらっと隣のレオンの顔を盗み見る。
結婚して初めての休日だが、買い物に行くと言うと、当たり前のようについてきてくれた。
日頃の疲れがあるはずなのに優しい。
しかも休日に二人で買い物ってまさしく夫婦みたいじゃない?!
と心が弾む。
「荷物も全部持ってあげて優しいわね」
うっとりとした女性の声がまた聞こえてきて、つい下を向く。
するとぐいっと腰を引き寄せられた。
「ソフィア、危ない」
レオンが耳元でささやく。
「あ、ごめん」
ささやかれた耳が熱を持つ。
注意散漫になっていたが、前から馬車が来ている。
今度はしっかり前を向いて歩こう。
レオンから離れて歩き出そうとする。
しかしレオンの手が腰から離れない。
「あの、もう大丈夫だけど」
レオンの顔を見上げるが、聞こえていないのかそのままレオンは歩く。
近い距離にドキドキするが、レオンが気にしていないなら過剰に反応するのも変な気がする。
腰に回された手に意識がいかないように、真っ直ぐ前を見つめる。
そうすると前から見知った顔の人物が歩いてきた。
長めの金髪を後ろでひとつにまとめた、華やかな見た目の男である。
「やぁ、ソフィア。元気かい?」
私の隣のレオンは目に入らないかのように、綺麗に無視して私に話しかける。
いつの間にか、レオンの手は私の腰から離れていた。
そのことに寂しく感じながらも、顔には出さず、メルヴィルに返事をする。
「メルヴィル、ごきげんよう」
仮にも公爵家の長男を無視するわけにはいかないので、立ち止まって挨拶を交わす。
するとメルヴィルが悲し気に眉を下げる。
「君に結婚を断られてから、元気が出ないよ。しかもすぐ別の男と結婚するし」
「あなたなら他にもっといい相手がいっぱいいるでしょう」
メルヴィルは昔からさまざまな女の子と噂が流れている。
「本命は君だけだよ」
「嘘ばっかり」
親の爵位的にも結婚相手として都合がよかっただけだろう。
「そういう君こそ、今回の結婚本当なの?」
一瞬ドキリとする。
「何が?」
結婚自体は本当だが、何か気になることがあるのだろうか。努めて平静を装って聞く。
「だって君たち、全然想い合っているもの同士に見えなかったし」
悪気のないメルヴィルの言葉がぐさりと胸に刺さる。
「突然の結婚だったから、何か意図があったのかなって」
探るように見られ、まごつく。
強いていうなら結婚のきっかけはあなただと言いたいが、そこは堪える。
私にとっては一歩踏み出すいいきっかけだったのだから。
「別にいいでしょう」
これ以上問い詰められるのがつらく、話しを切り上げようとする。
「今からでも遅くないし、俺にしたら?」
「はい?」
結婚したのに、まだ言うのか。呆れた顔で見ると、思いの外メルヴィルは真剣な面持ちだった。
「俺ならソフィアに休日に買い物に行かなきゃいけないような生活はさせないよ。仕事もしなくていいし」
メルヴィルは何にも分かっていない。
そんな生活は私の望みではない。
メルヴィルがさらに言葉を重ねる。
「騎士団といえ、庶民のレオンじゃ、伯爵令嬢のソフィアとは釣り合わないよ」
「怒るわよ、メルヴィル」
きっと睨みつけると、メルヴィルは肩をすくめた。
「また何かあったらいつでも言って。君のこと想っているのは本当だから」
そしてさっと私の手の甲に口付けをして去っていく。
「ごめんね」
「何が?お前が謝ることじゃない。帰ろう」
レオンがまた私の腰に手を回す。
心なしか先程より力が強い気がする。
レオンが何事もなかったかのように、振る舞ってくれることにそっと息をついた。
まぁレオンにとっては気にもならないことなのかもしれないが。
この時の私は全く分かっていなかった。
メルヴィルは私ではなく、レオンを傷つけることが目的だったことも。
レオンがメルヴィルの言葉を気にしていたことも。
ちっとも気付いていなかったのである。