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仮題「偽勇者」  作者: 東間侑
8/8

決死戦

狂気を含む歓声とも悲鳴ともとれる熱気が闘技場いっぱいに満たされていた。


「ディーク!!」


私は思わず席を立ち彼の名前を叫んでいた。

周りは大熱狂だ、届くはずは無いとわかっていても叫ばずにはいられなかった。


「ディーク!!」


私はありったけの声で叫ぶ

と、ディークがちらりちらりと視線を動かし、彼の目線が私のそれと合った気がした。


「ディーク!!」


私は渾身を込めてもう一度名を呼ぶ。すると彼は少しだけこちらに顔を向け、


ヨ・ク・ミ・テ・ロ


と、口を動かした。



「さぁ、それでは、双方死ぬ準備はいいか!」


司会の男が高らかに叫ぶ。


なに!?


その声に呼応するように、舞台中央の2人から大きな力が溢れだしたような感覚に、私は座っていた席へ押し戻された。

背筋にピリピリとした嫌な感覚が走る、冷たく鋭いその力のようなものを互いにぶつけあっている、そんな風にとれた。



マルクスは手に持っていた自分の身の丈程もある斧の柄を地面に叩きつけてから、構える。

ディークは鞘から剣を抜き放ち、相手を見たまま小さく頷く。


2人から溢れている力がどんどん大きくなっていくような感覚。


「それでは皆様、瞬きせずにご覧あれ、こちらのコインが地面に落ちた瞬間が開始の合図です!!」


司会の男はそういうと、コインを天高く放り投げた。

2人からの力が会場に溢れていた熱気を押し飛ばしたかのような、一瞬の静寂。



――コインの落ちる音



刹那、巨大な斧がその重量を感じさせない程の速さでディークに向かって振り出された。

ディークはそれを軽いステップで躱し、次の瞬間にはマルクスの懐へと飛び込む。


――打撃音


ディークの剣がマルクスの斧の柄を叩いていた。飛び込んで来たディークに対してマルクスは怯むことなく攻撃を防いだのだ。

初撃以降、マルクスは防戦一方でディークの剣撃がマルクスの動きを封じているように見えた。


――打撃音


――打撃音


――打撃音


「早い! 早いぞ! さすが神速剣! あのマルクス闘士に反撃の機会を一切与えない!」


私は焦る、このままではいけない。

ディークの繰り出す剣撃、斧を躱して放った初撃は速すぎて私には見えなかった。

その後も四方八方から攻めるように振り出した剣劇はマルクスの斧によって防がれている。

そして幾度か防がれた頃から、徐々にではあるが、私の目でも追えるくらいに剣撃が遅くなってきている。

当たり前だ、最大の力をずっと振り続ける事など、誰であろうとできるわけが無い。


――打撃音


――打撃音


――打撃音


――打撃音


そしてついにその時が来てしまう。

マルクスがディークの剣を斧で弾き返しながら、身を翻してこぶしの甲をディーク目掛けて振り出した。

ディークは少し飛びのいてそれを躱す。両者の間に若干の距離が開いたその一瞬から、攻守が逆転する。


マルクスは自分の大きな肉体と同じように大きな斧、これを機用に入れ替えながらディークへ迫っていった。

速度はディークのそれほど速くはない、だが一振り一振りの圧力が違う、掠るだけでも身体を持って行かれそうな錯覚さえある。

ディークも少し大きく動いて一撃一撃をさばいているように見えるが、マルクスの攻撃はジワリジワリとディークに届き始めている。


!?


その時だった、マルクスの振り出した斧の攻撃、これをディークは間合いを取って回避しようとした瞬間、マルクスの斧が空高く舞い上がった。


「ぐぁ!!」


ほんの一瞬で出来事、私が斧に目を取られた一瞬の内にマルクスの蹴りがディークの腹部へ突き刺さっていた。

衝撃にバランスを崩したディークに向かって、2撃目、3撃目と立て続けにマルクスの拳が叩き込まれる。


「おぉっと!ディーク闘士、ついにマルクス闘士に捕まった!」


半分吹き飛ばされるように大きく後退したディーク、それを飛ぶように追いかけたマルクスは落ちて来た斧を空中で掴むと勢いそのままディークへと振り下ろす。


――鈍い金属音


ディークは振り降ろされた斧の一撃を剣で受け止めた。あまりの衝撃に耐えられなかったのか、ディークの剣の剣先が砕け折れた。地面に突き刺さるマルクスの斧。

ディークは小さい間隔で飛び引きながら、マルクスとの距離を大きく開ける。


マルクスはそれを追わず、ゆっくりと状態を起こしながら、地面に突き刺さっていた斧を持ち上げる。

そして、マルクスはディークを指さす。


「おっと!マルクス闘士の破壊の一撃が繰り出されるぞ!!」


司会の男の高らかな声に反応して、観客たちが大きな声を上げる。


ディークっ!!


ディークが負ける、それはつまり死を意味する。だが、私にはどうすることもできない。それほどまでに彼らと私の間隔は広い。

マルクスは大きく斧を掲げると一気にディークとの距離を縮める。あの大斧を持った巨体からは想像出来ない程の速度で。

ディークに向かって振り降ろされる巨大な凶刃。


私は見た、その時ディークの口元が軽く上がったのを。

そして、右手に持っていた剣がいつの間にか左手に持ち替えられていたのを。



――落下音



弾き飛ばされたディークの右腕が宙を舞いステージに落ちた。


「き、決まったー!!!!」


一瞬呆気に取られていた司会の男だったが、その様子を見て高らかに叫ぶ。だが様子がおかしいのに気が付く。

マルクスが動かないのだ。



――ほらそこ、脇が甘い

私はディークの言葉を思い出す。ディークの相手の攻撃を受け流してからの反撃、私はあれを良く知っている。

彼は、マルクスの攻撃を自分の右肩を使って受け流したのだ。



ディークの剣がマルクスの左脇の下に柄の辺りまで突き刺さっていた。



「しょ、勝利したのは! ディーク闘士だぁ!!」




私はいてもたってもいられず、駆け出していた。背中から、ディークの勝利を告げる声と観客達の大きな歓声が聞こえてくる。

確かにディークは勝った、だがその代償に払ったものは大きい。

たぶんすぐに処置は行われるだろうが、ディークの身がとても心配だった。とにかくそばに行きたい。

私は半ば落ちるかのように階段を駆け降りる。円状の闘技場だ、階段の下の通路を回ればディークの元にはすぐ行ける。

はやる気持ちをそのままに階段の先をディークのいる方へ曲がった時だった。



「止まりなさい、アンネローゼ」



私の行く手を遮って、あの女が立っていた、身にまとった女中服、私を蔑む冷たい眼差し。



「クローネっ……」


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