転落・後半
残酷および虐待の描写があります。ダメな方は飛ばしてください。
【一部設定の修正】主人公の年齢を16→18に変更しました(プロローグ参照)
奴隷に落ちてから半年が過ぎた頃だった。
その日、私は会頭から新しい服を買ってもらい少しだけ浮かれていたんだと思う。
会頭は私に小さな木箱を渡すと商会の裏手にある食料品や衣料品等を保管している倉庫の地下室へ運ぶよう言い、私は倉庫の鍵を渡された。
木箱は小さい割に意外と重たくて、運ぶのは少し大変だったが、半年荷運びをしていたおかげで運べない重さではなかった。
地下室には衣料品が保管されている、私は会頭の指示通り地下室でも最奥の部屋に木箱を運び込む、やけにがらんどうな部屋だなと薄暗がりのなか思ったのを覚えている。
――扉が勢い良く閉まる音
大きな音を立てて私が入ってきた扉が閉まった、ただでさえ暗かった部屋が一瞬にして真っ暗になる。私は驚いたがとりあえず手に持っていた木箱を足元に置くと、暗闇の中を記憶を頼りに扉へとたどり着き、開けようとしたが扉はびくともしなかった。
ここは衣料品倉庫の中でも一番奥の部屋で一年以上この商会で働いているが一度も来た事のない場所だ。他の従業員からも話を聞いた事がない。
もしかしたら、あまり人の来ない場所なのではないか。その考えに行きついた途端、酷い焦燥感に駆られ、私は扉を力任せに叩きながら大声で助けを呼んだが、しかし、私の声は暗闇に反響するだけだった。
どれくらいの時間が経っただろうか、大きな声を出し過ぎた為に喉が痛くなっていた、真っ暗な室内は孤独を浮彫にし、あまりの心細さに涙が溢れていた。
と、その時、私の力ではビクともしなかった扉が重そうな音を立てて開いたのだ。誰かが来てくれた、これで助かる。その事実だけで私は跳ねまわりたくなる程に嬉しかった。
だがしかし、その希望は最悪の形で裏切られる事になる。
開いた扉から入って来たのは手に明かりを持った会頭だった。ただ、会頭は私が今までで見たことのない冷たい表情で私を見ている。
そして、会頭の後ろからもう一人、男が入ってきた。
「アンネローゼ、喜びなさい。こちらのお方がその金で君を買ってくれるそうだ」
最初、会頭の言っている意味がわからなかった。呆けている私に会頭は先ほど私に預けた木箱を取り上げ床に投げつける、すると木箱は壊れて大量の硬貨が床に散らばった。
そして私は気が付いた、転がった硬貨の先、一般的なものより明らかに大きなベッドがあることに。
それを見れば、自分の置かれた状況を理解するのに、そう時間はかからなかった。
男の力は強く、私はあまりにも非力だった。
そのあとは恐怖と痛みしか覚えていない。
気が付くと男の姿はなく、買い与えられた服は無残に裂かれて散らばり、ベットに残った行為の後とズキズキと痛む自分の下半身がすべて現実なんだということを私に突きつけていた。
重い身体を引きずるように扉までいったが、やはり扉は開かない。
扉の前には小さな籠が置かれていて、中には新しい服と綺麗なシーツ、パンと水の入ったボトル、それに液体の入った小さな瓶が一つ、あと紙切れが入っていて、紙切れには部屋に付いている蛇口から水が出る事と床に散らばった硬貨を集めること、そして、孕みたく無ければボトルの中の液体で洗えと汚い文字で書かれていた。
拾い集めた硬貨は私が負った借金の1割りほどの額だった。これをあと9回、そう思った瞬間、急激な吐き気に襲われ先ほど口にいれたパンをすべて戻してしまった。
それからというもの、会頭は毎度違う男を連れて部屋を訪れ、男たちはひとりの例外も無く私の身体を弄んだ。
その中には「借金奴隷にはある程度権利が認められている」と言った男も含まれていた。
最早望みはない、私の身体と心はあっという間に壊れていった。
どれくらいたっただろうか。相手をした男が10人を越えたところから数えるのをやめた。
その日も扉が開くと、会頭と見たことのある男が入ってきた。
私はぼんやりと「この人、殴るからいやだなぁ」と思った事を覚えている。
私は最早抵抗することもせず、なされるがまま男を受け入れていた。どうやらそれが男には気にくわなかったらしい。
身体のあちらこちらを殴られ、それでも大した反応のない私に激昂した男の両手が私の首を抑えつけたのだ。
人はどうやら息ができなくなると暴れるらしい、私も例にもれずバタバタと男の下で暴れた、男の薄ら笑う顔だけは今でもはっきり覚えている。
――衝撃音
息が出来た、しばらくゴホゴホとせき込みながら荒く息をしていたが、ゆっくりと身体を起こすと男は床に大の字になって倒れていた。
しばし男の様子を見ていたが男はピクリとも動かない。ベッドから起き上がり男の元へと近づくと足裏に液体の感覚、見ると男は目を見開いたまま倒れている。
私はこの状況を前にしても、不思議と冷静だった。
しばらくするとたぶん会頭がやってきて扉を開けてくれる。あたりを見回すと男が飲んでいた酒のボトルが目に入った。
その瞬間、ここから出る手段を思いつく。
数時間程度経っただろうか、重い音がして扉が開き、会頭が部屋に入ってきた。倒れている男の姿に驚き、慌てて駆け寄り声を掛ける会頭の頭めがけて、私は渾身の力でもってボトルを振り下ろした。
――瓶が割れる音
気を失った会頭は男の上に重なるように倒れ込む、私は会頭の腰のあたりに馬乗りになると割れた酒瓶を会頭の背中に目掛けて振り下ろす。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
どれくらいその行為を繰り返したかわからない。気が付くと辺りは血の海になっていた。
この段になって、私はようやく自分のした事の意味を理解し、手に持っていた血だらけの酒瓶を投げ捨て会頭の上から飛びのいた。
激しい動悸が止まらない、どうすればいい、どうすればいい。
慌てて辺りを見回す、扉は開いている。
私は汚れたシーツを羽織ると外に向かって駆け出していた。
倉庫から飛び出るとまだ夜だった。私は乱れた息も気に留めず、街の中を駆け抜ける。
当たり前のことなのだが、街の出入口の門は閉ざされていた。私は踵を返して裏道に入ると物陰に姿を隠す。
私にとって最早向かう先は生まれ育ったあの村しかない。私はどうやって門を突破する方法を必死に考えていた。
「おい、お前! そこで何をしている!」
突然声を掛けられ、驚いた私が声のした方を振り向くとそこには衛兵が立っていた。
私は慌てて逃げ出すが衛兵に腕を捕まれあっという間にその場に組み伏せられてしまった。
騒動を聞きつけてか、辺りにいたであろう衛兵たちが集まってくる。
夜中、裸にシーツ一枚、身体中に返り血、言い逃れのできる状態でないのは、私にもわかった。
衛兵の詰所の地下、太い鉄格子に阻まれた狭い空間に私は再度閉じ込められることになった。
ただしばらくして女性の衛兵がやってくると、身体を拭く為のバケツの入った水と布、あと少しぶかぶかだが服を渡してくれた。
夜が明けて日が高くなる頃に衛兵がやってくると両手を前に縛られて、商会建物へと連れて行かれた。
商会に着くと焦げるような匂いが辺りに立ち込めていた。
そのまま商会の裏へと連れて行かれると、私が監禁されていたあの倉庫は最早原型がわからない程に黒く焼け落ち、並びにあった二つの倉庫は引き倒されていた。
衛兵達の話では、倉庫から火の手が上がっているとの通報があり、類焼を避ける為、隣り合った倉庫を引き倒したとの事だった。
もともと火の気のない場所だった事から、不審火の疑いが濃厚になり、不審者の捜索が開始された。
そういえば確かあの時、会頭は手に明かりを持っていた、倉庫の地下は衣料品でいっぱいだった、さぞよく燃えたことだろう。
火災が鎮火したのち調べたところ、地下の一室から二人分の焼死体が発見された。
私は取り調べに対して、これまでの事をすべて包み隠さず話した。
最初こそ高圧的な物言いだった憲兵も、私の話を聞くにつれ眉をしかめ。最後には温和な言葉使いに変わっていたように思う。
ただ私を取り巻く状況は好転することは無かった、私を最初に買い、そして殺してしまった男、あの男はこの街の代官だったらしい。
街の上層部は今回の事件を私の会頭への怨恨による殺人とし、代官はその巻き添えになって殺され、自分のしでかした事に怖くなった私が現場となった倉庫に火を放って証拠隠滅を計ったという筋書を用意した。
当時の私はそんなことはもうどうでもよく、幾人かの衛兵達が止めるのも聞かず、罪状を受け入れる旨の書類にサインをし、終身奴隷となったのだった。